ネットカフェ 九
涼一は沈黙した。
どの可能性もイヤすぎる。
「んで、俺も見ちゃったわけだけど」
土屋がヘラッと笑いながら自身を指さす。
「それだよ……」
涼一はうなだれた。
「だから新しい紙幣ぜったい見んな言ったのに」
「もったいぶってさっさと説明しないからでしょ?」
土屋がまるで他人ごとのように言う。
「どんなの見たの」
「うしろ向いたペストの人」
土屋が真顔でピースする。
「財布ん中にあるけど見る?」
「見せんな。見せたら殺す」
涼一は眉をよせた。
そういや一人で二パターン見たらどうなるんだ。死んでも試したくないけど。
「ペストの人って……」
「北里さんでしょ」
土屋が答える。
涼一は手にしたままのスマホの画面をタップした。
新紙幣の人物について検索する。
「北里 柴三郎。千円札の人かよ……新パターンじゃねえか」
涼一は眉をよせた。
「てことは血洗島は関係あっても、そこ出身の渋沢さんは関係ないってか?」
天井を見上げてそう呟く。
「それ分かっただけでも前進か……歯がゆいっつうか、クソ」
「一人で話進めんな、ついてけないから。鏡谷くん。ご飯食べに行かね?」
土屋が、顔をしかめた表情で提案する。
「朝、新幹線のなかで焼肉弁当食ってきた」
「いま昼だって」
土屋がスマホをとりだしメールの確認をする。
ふいに親指をすばやく動かし、どこかに通話した。
「──あ、土屋です。お世話になってます。え、契約書。ええと……電子のほう──ああなるほど」
急に声のテンションが変わるのを涼一は聞き流していた。
ひとしきり話し終えて、土屋が通話を切る。
「腹が減っては営業職は戦できんでしょ」
もとの声音とテンションにもどった。
「たったいま紙幣の集団と戦したとこ」
涼一は答えた。
「俺の成りすまし、ちゃんと営業やってんの?」
「よう分からんけど鏡谷くん、ここ数日は顧客の開かなくなった金庫二、三個開けて評判になってるわよ」
土屋が変なしゃべりで答える。
「それ俺じゃねえ……」
涼一はうつむいた。
そういや盗賊とか言ってたか、あの紙幣の亡霊たち。
現代でも金目のものがあるところには強いのか。
「俺もいま変だって気づいた」
土屋がそう返す。
「そういやキーボードの打ち方トロくなってたか。指一本でポチポチ打ってて」
「何でそれで気づかねえの……」
涼一は眉をよせた。
「いまおかしいって気づいたわー」
「亡霊のホログラム見たからか……」
涼一はつぶやいた。
結果的に良かったのか悪かったのか。
「どっちにしろいま社内ザワザワしてるし。ほら、女性社員、何人か運びこまれたろ」
笑ったホログラム肖像を見たやつかと涼一は思い出した。
「いちおう全員たいしたことなかったって記事は見たけど」
そこから爽花と味覚が変わったとかいう話になったんだったか。
「何か変化はなかったか? 搬送された人ら」
「ないと思ってたけど、いまにして思うとスポーツドリンクとウーロン茶が気持ち悪くて飲めんって文句言ってたかな。いつも健康とかダイエットとかで飲んでた人らが、言われてみれば急に。変だよな」
土屋が答える。
やはりあの河原にいた亡霊たちに乗っとられかけてるのか。
「あーやべ。解決遅れるほど敵の勢力ふえるんじゃん」
涼一は額をおさえた。
あいかわらず頭部の感触はない。
「うん、よし。話は聞かせてもらった。とりあえず飯食うべ」
土屋が出入口のドアを開ける。
能天気だなこいつと思う。ふだんは気にならなかったが。
手にしたスマホの着信音が鳴る。
涼一は画面を見た。
爽花からだ。
「──はい。さっきごめん」
涼一は通話に応じてそう切りだした。
「──気にしてないよー。わたしもアレッて思ったけど、りょんりょんも一人の男じゃん? くんずほぐれつ甘い時間をすごすのに邪魔だったんだなーって」
何言ってんだこいつ。
涼一は眉をよせた。
「さっきどこまで説明したっけ? 亡霊とり憑いた大量の紙幣とホログラム人間に襲撃されたんだよ。いちおう動画撮ったから送信する」
いったん通話を切ろうとスマホを耳から離す。
「なにだれ女の人? 若そうな声だけど」
土屋が上体をかがめて問う。
「さっき話したろ。おなじ被害に遭ってるS県の子」
「声、若いっていうか幼くね? いくつ」
「高校生」
涼一は答えた。
「──あれ? りょんりょんだれかといるの? 男の人?」
爽花が尋ねる。
「りょんりょんってだれ」
「やかましい」
涼一は短く答えた。
「──のんきにシャワー浴びてた同僚」
スマホをもういちど耳にあてて涼一は答えた。
通話口の向こうから、めいっぱい息をのむ音が聞こえる。
「りょ──りょんりょん、わわわたしは変だと思わないよ! と、友だちにBL好きな子もいるし! せせせ性別は関係なくて、あいつが眩しかったとかだよね!」
さっきから何言ってんだ、こいつ。
涼一は顔をしかめた。
「動画送信するからいったん切るぞ。送信したらかけ直す」




