ネッㇳヵㇷぇ 八
涼一は目を丸くした。
紙幣もホログラム人間もいなければ、斧も刺さっていないし燃えてもいない。もとどおりのドアがある。
何だ、いまの一連の。
幻覚か。
動画撮影のためにずっと手に持っていたスマホを見つめる。
いまの、映ってるだろうか。
「大丈夫ですか?」
ドア越しに若い女性の声がする。
なんべんも変な声出してたからなと思い出す。店員が様子を見に来たのか。
涼一は、フラットシートから降りた。
靴を履き、ドアを開ける。
「すみません。ちょっと……何ていうかホラー映画見てて」
苦笑いをしてそうウソをつく。
小柄な女性が、行儀よく手を組んでこちらを見上げていた。
ブラウスに紺のベストとタイトスカート。
ここの店員の制服を着ているが、ここの店員じゃない。
銀行の駐車場で話しかけてきた女性行員だ。
「え……」
涼一は目を見開いた。
「あの」
「ご健勝ならなによりです」
女性行員が、にっこりと笑う。
なにを他人の健康を気にしてるんだ、この人。
いや、というか。
気絶したさいの夢の中の登場人物かとも思ったが、現実にいた人だったのか。
「あのっ……」
「わたくしは、腕を失くしてしまいまして」
女性行員が、自身の右腕をもう片方の手で支えるようにして持ち上げる。
いや、あるじゃないか。
「では、お健やかにおすごしください」
女性行員が、きれいにおじぎをする。
「いやちょっ……名前を」
違う。
聞きたいのはそこじゃない。
女性行員が、クルリときびすを返して通路を去っていく。
「何か……! あの亡霊っていうか、俺の頭部のこととか何か知ってるんですか!」
涼一は個室から出て女性行員を追いかけた。
小柄な肩に手をかけ、強く引く。
女性行員がふりむいた。
ヤバい。セクハラだったか。
「あっ……と。すみま……」
あわてて手を引っこめる。
「……せん」
そう口にしながら、涼一は視界が暗くなるのを感じた。
まえにこの行員と遭ったときもこうだった。
急に視界が真っ暗になって、気がつくと血洗島の救急車のなかにいた。
こんどは、気がついたら爽花の家とかなんだろうか。
行きだけは交通費がかかんねえなと考える。
「はーサッパリした」
気がつくと元の個室にいた。
きちんと靴を脱ぎ、フラットシートにあおむけになった状態で目を覚ます。
手にはスマホが握られていた。
サッパリとした顔で入室してきた土屋と目が合う。
「何だ寝てたの?」
土屋が入口で立ったままの体勢で靴を脱ぐ。
「寝てるヒマとかあるかよ」
「寝てたじゃん」
土屋が怪訝そうな顔をする。
「なんつうか……説明する情報増えちまった」
「昼飯食わね?」
土屋が飲食スペースのほうを見る。
「おまえ、話聞く気ある?」
「おまえもさっさと要点ズバッと言えばいいじゃん。何もったいぶってんの」
土屋が着替えを入れた紙袋をフラットシートの上に置く。
もったいぶってるわけじゃないんだが。
どの角度から話しても中二的な話に感じて恥ずかしいんだ。
「一部の新紙幣のホログラム部分に、血洗島の処刑場で首斬られて死んだやつらの亡霊がとり憑いてて、そのホログラムを見たやつを乗っ取るということが日本各地で進行中」
涼一は一気にそう話した。
「かいつまんで話すとこんな感じ」
土屋が目を見開いてその場で立ちつくしている。
こっちも恥ずかしくてこんな説明したくねえ。涼一は大きくため息をついた。
「うっわ。なにそれ、ちょっとおもしろい。おまえ考えたの?」
土屋が目を丸くする。
やっぱそう来るよな。高校生の爽花ならともかく、おとな同士じゃこうなるわと思う。
「まじな話。ハッシュタグ新紙幣亡霊とか、ホログラム怖いとかで検索しろ。わりと出てくるから」
「鮫島スレみたいなのじゃなくて?」
土屋がポケットからスマホをとりだす。
ポチポチと親指を動かして検索した。
「お、お。なるほど、出てくる」
涼一はもういちどため息をついた。
自身の言っていることを、うわさ話のよせあつめで証明するってのも変な話だよなと思う。
「で、乗っ取られた人間はちなみにどうなるの?」
土屋が問う。
「いまんとこは知んね。ただ、俺もこの件で知り合ったS県の子も、CTとかで撮影すると、乗っ取られた身体の部位に大量のホログラムの肖像が映ってた」
土屋が顔をしかめる。
「情報量いきなり多いんだけど。S県の子ってだれ」
「俺がこれに巻きこまれてから知り合った、おなじ被害に遭ってる子」
涼一はそう説明した。
「エックスの書きこみか何か見て連絡とったとか?」
「いや。向こうが俺の話聞いてさがしに来た」
「ふーん」
土屋がスマホ画面をスクロールする。
「乗っとられた身体の部位って? 乗っとりって部分的なの?」
「いろいろ。亡霊が取り憑いてるホログラム肖像は、頭がなかったり二人になってたり、背中を向けてたり笑ってたり。――で、だいたい見たホログラムと同じような部位からおかしなことになってる」
「……完全に乗っとられた人はどこに行くの。お札になるとか、代わりにホログラム内に封印されちゃうとか?」
土屋が尋ねる。
「あ?」
涼一は思わず変な声を出してしまった。
「そこまでは考えてなかったな……」
うつむいて髪をかきあげる。
最終的にこちらが亡霊になるとか。
つまり死ぬんだろうかって推測が漠然と頭の片すみにあった気はするが。
「なるほどマジならやべぇ話だわ」
土屋が腕を組んだ。




