ネットカフェ 七
「五郎べ衛の旦那、首斬られたのモノすごく恨んでたべ」
「ダカラ首からさきに乗っとったんダべ」
紙幣がカサカサカサと鳴る。
だんだんクスクスというイラつく笑い声にしか聞こえなくなってきた。
個室のできるかぎり奥に身を縮めながらも、涼一はスマホのレンズを入口ドアに向けつづけた。
五郎兵衛じゃないとバレたらヤバいだろうかという恐怖感はあるものの、さっさと解決したいという気持ちと、ほんのちょっとの怖いもの見たさと、何かこいつら許せんみたいな気持ちとが混じり合って、わりと冷静な気持ちを保ち続けられた。
「えと……ワシおぼえてねえべ。ほ、ほんで造幣局で、ど、どうしたんじゃったかのう」
涼一はデタラメな訛りで問いつづけた。
「アレまァ、五郎べ衛のダんナ、なんもかんも忘れで」
「首ごロンしだがら、頭バカになったべ」
カサカサカサという音が立つ。
ドアの下の隙間から、ホログラムの口元がこちらに向けられた。
いっせいに歪んで笑っているような形をつくる。
「おお、おお思い出したべ。ぞ、造幣局にみんなで歩いで行ったんじゃった……んだべ」
ああああ。どこの訛りだこれと再度思う。
こいつらがS県の造幣局の支局に関係しているということは、S県の訛りをマネすればいいのかと思うが、出身地でもないのでよく分からん。
爽花の話し方を思い出してみるが、ダメだ。
あれは現代語の特殊変形だ。よけいにこいつらの訛りからは離れる。
「ゴ郎兵衛の旦那、思い出シタじゃねえカ」
「ンだ。あそこの建物で、ほろぐらむっつー紙に刷られた人形みだいなの作られてるぞいって千鳥サンが言ってで」
千鳥さん。
あらたな個人名が。いちおう覚えておくかと涼一は思った。
「ホだべ。千鳥さんガ、あれに取り憑きゃあちこちの土地に行けるぞいって」
「ほしたらミンナであちこちの土地さ行っで、そこでほろぐらむ見だ人間に取り憑いで……」
「また盗んデ殺シて女とヤッてイイ思いするべ」
「すルべ」
「ちっど待で。コいツほんとに五郎べ衛のヤツが?」
ドアの下の隙間から、ふつうの人なみの大きさの顔が覗く。
ホログラムを拡大コピーして人の顔に貼りつけたような、緑とその他いろんな色に光る顔。
思わず涼一は「ひ」と喉を引きつらせた。気持ちわる。
ホログラムの目がギョロリと動き、こちらを見る。
すでに生身のだれかになりすました亡霊かと推測した。
乗っとられた人間にだけこう見えるのだろうか。
お札のカサカサ言ってるやつらは、まだだれにも取り憑いていない準備中のやつらなのか。
「おめえ、ほんとに五郎べ衛か?」
ドアの上の隙間に指の太い大きな手がかけられる。ホログラムの顔をした人間が、ドアの上から両目を出し覗いた。
「わシと五郎兵衛は古グガらの仲間ダ。ゴまかされネぇぞ」
「う……」
叫びたかったが、何とかこらえた。
涼一はホログラム人間と目を合わせたまま、フラットシートのうえを臀部で少しずつあとずさった。
「ちがうべ、おめぇ五郎兵衛ジャねえべ」
「邪魔しようとシテルやつイるベ、熊三のオヤブン」
「スマほとか使ってオレラのことカくサンして、ヤッつけようとシてるのいるべ」
涼一は動画撮影のためにかかげた自身のスマホを横目で見た。
まずいか。
「殺スべ」
「ホだ。殺すべ」
「なんだべ、おら五郎兵エのダンナだど思っで騙さっチゃ」
「盗賊ダマスとがフテエやろうダな」
「殺スべ」
涼一は座った姿勢のままフラットシートの上をジリジリとあとずさった。
カサカサカサカサと耳障りな音がして、ドアの上下の隙間から紙幣が乱入してくる。
「首ちょんパするべ」
「首ちょンぱするべ」
ドアに、何かがぶつけられる音がする。
ダン、ダンッという音が二、三度聞こえたかと思うと、大きな斧の刃先がドアに食いこんだ。
「……あ゙?!」
涼一は目を大きく見開いた。
ウソだろ。
あまりのことに声にならない。
涼一は中腰になり、個室の最奥にあるPCに背中をつけるようにして亡霊たちを避けようとした。
「首ちょんパするべ」
「首ちょーンぱするべ」
「オレラが役人ニされたのとおなじ、首ちょーンぱするべ」
「ウソ待て、おいっ!」
土屋は。
そろそろシャワー終わんねえのか。
廊下でこれに気づいて通報でもしてくれねえかなと考える。
いつまでシャワーしてんだ。
「待っ……!」
「首ちょーンぱするべ」
ドアを突き抜けるようにして、切り裂くような鋭い光が突入してくる。
「ひっ……」
涼一は、両腕で自身をかばった。
鋭い光は個室のなかで大きな火の玉になると、Uターンして紙幣とホログラム人間のほうに突進した。
亡霊のあらたなタイプの攻撃かと思いきや違うのか。
出入口のドアが紙幣とホログラム人間ごと燃え上がる。
激しい炎が、あっという間に天井まで達した。
「ちょっ……火事」
火災の損害賠償請求されるじゃねえか。
それよりもこんなせまい個室で火災にあったら、逃げ遅れて一酸化炭素中毒で死ぬ。
「やば……」
涼一は、とっさにネクタイをマスク代わりにして口に当てた。
「火災……スプリンクラー!」
だが炎はつぎの瞬間に消え、目の前には何ごともなかったように無傷の出入口ドアがあった。




