ネ゙ッ゙ㇳヵㇷヱ 六
涼一は、スマホを手にあぐらをかいた格好で固まった。
ドアの下、数十センチほどの隙間に押しこめられたような大量の紙幣。
そろってこちらを向いてる、かなり拡大されたようなホログラム肖像。
いつの間にあったんだ。
鳥肌が立った。
カサカサカサカサと紙幣のこすれる音がする。
紙幣独特の匂いをうっすらと鼻腔に感じる。涼一はからだを個室の奥のほうに引いた。
できるかぎり身を縮める。
「──りょんりょん? どうしたの?」
爽花が尋ねる。
「いやいま……ちょっと」
「──同僚さん、シャワー終わって来たの?」
「んなもん来てもどうでもいいだろ」
ホラー映画でも観ているようなあきらかに気味の悪い光景だが、現実に遭うとあんがい冷静に観察してしまうものだなと思う。
現実の紙幣よりもホログラム部分が拡大されたような紙幣がカサカサカサカサと止まることなく動く。
ホログラムの肖像たちといっせいに目が合った。
「じャマすンな、コロすよ」
「じャマすンな、コロすよ」
ホログラムの肖像たちが口々にささやく。
「アタラしイからだ手に入れンの、ジャまスンな」
「あンれ。血洗島ムラの五郎兵衛の旦那ジャないかい。コンニチは」
「んン? なんダ五郎兵エの旦那かい?」
「アタラしイからだもらウの、ジャまスンな」
「五郎兵衛の旦那は、そのカラダなノカイ?」
「じャマすンな、コロすよ」
一部のホログラムたちは、こちらに向かって五郎兵衛と呼びかけているのか。
仮にそれが、自分になりすまして会社にいたあのホログラム亡霊の名前だとしたら。
涼一はわれに返った。
「ちょっ待て。これ動画撮るから、いったん通話切る」
涼一はスマホ画面をタップしようとした。
「えっ、待って待って。ビデオ通話できない?」
爽花が声を上げる。
「それのアプリ入れてない」
「いまサクッとインストールしようよ」
「容量食うからやだ――切るぞ」
「えー! まってまってまってまって」
涼一は問答無用で通話を切った。
動画撮影のアプリを起動させて、カサカサ動く紙幣たちを撮影する。
「じャマすンな、コロすよ」
「アタラしイからだもらウの、ジャまスンな」
会話はできるだろうか。ものは試しだ。
涼一はこわごわ口を開いた。
「……おまえら、生身のからだを乗っとるのが目的か。血洗島で死んだ人間の亡霊なのか?」
紙幣が動きを止める。
ふたたびカサカサと動いて、隙間から少しなかに入った。
「こっち来んな!」
涼一はからだを少し引いた。
「アタらしイからだもらウの、ジャまスんな」
「ジャますンな」
会話はムリか。
このさいだから、試せるものは試してみるか。
「……ご、五郎兵衛だけど、みみ、みんな久しぶりだな」
とりあえず五郎兵衛とやらのふりをしてみる。
一部の紙幣がカサカサカサッと大きく動いた。
「五郎ベエの旦那!」
「五郎兵衛のダンナだ!」
やべえ。会話できそうな雰囲気。
逆に怖くなって、涼一は心臓のあたりをおさえた。
あと何を言ったものかと思ったが、爽花との通話を強引に切ったので彼女には相談しにくい。
土屋はシャワー中のうえに、まだ事情を話してないしと思う。
「あーえっと五郎兵衛だけど。わ、ワシら、何があったんじゃろうなあ」
涼一は、頬を引きつらせながらそう問うてみた。
紙幣たちが動きを止める。
ホログラム肖像がいっせいにこちらをジロリと睨んだ。
ホログラムの目だけが、さらに拡大されたように大きく見える。
大量の紙幣なんてふつうは心踊りそうなものだが、鳥肌しか立たん。
「んーと、えと。ワシ記憶喪失になってしもうて。えと、死んだところから覚えとらん」
「きオくそ? ナンだべそれ」
「五郎べ衛の旦那、さすが首領だべ。むずかしいこというノお」
首領って、何の首領だ。
あのでーえぬえー野郎は何かのボスなのか。村長とかだろうか。
というか記憶喪失って言葉が通じないのか。
もしかして時代劇みたいな言い方じゃなきゃ理解できないんだろうか。
「あー……つまり、いままでのこと、ワシ何もおぼえてねえべ」
涼一はそう言ってみた。
どこの訛りだこれ。自分で言ってて恥ずかしい。
「五郎兵衛のダンナ、首斬られたことおぼえてねぇのか?」
「人殺しシて盗みしてとうとうお縄になって、ワシらと斬首されたんだべ」
紙幣のホログラムたちが、カサカサカサと耳障りな音を立てた。
なぜか愉快そうな笑い声に感じる。
首を斬られた。
人殺しして盗みしてとうとうお縄になって。
ハッと涼一は目を見開いた。
あの夢の風景。
粗末な木の板の上で自身の頭部が腐っていく。
血に染まった河原の石。
あれは、むかしの処刑場じゃないのか。
処刑場で斬り落とされて晒された首が、腐乱していく様子。




