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「おまえの爺さんとこの神社だか寺、なに祀ってんだっけ」
土屋がソファの背もたれにドサッと背中をあずけ、アイスコーヒーを飲む音を立てる。
「……寺。不動明王」
涼一は答えた。
土屋が持ってきたアイスコーヒーを顔をしかめつつ飲み下す。
「なに祀ってるかも分かんねえで、何で行くの」
「お盆休みに実家帰ったら、他県から姪っ子来ててさ。どっか観光名所を案内しろって言うから」
ほかにもあるだろうがと涼一は内心で返した。
「……姪っ子いくつ」
「幼稚園」
土屋が答える。
遊園地にでも連れて行けと思う。
「なあ、話のまえにシャワー使ってきていい?」
土屋がシャワー室のほうを見る。
「外、暑っちくてさー」
そう言い、ネクタイをゆるめシャツの襟元をつまんでパタパタとさせる。
「……行ってくれば」
涼一はストローを咥えながら顔をしかめた。
じゅるじゅるじゅると音を立ててアイスコーヒーを飲み干す。
店入口から入ってきたこいつをとっ捕まえて、動揺したところを抑えつけて自分だと言い聞かせてと想定していたのに、どこまでも予測外の展開になってしまった。
この手持ちぶさた感をどうしたらいい。
「……俺、個室で待ってるわ」
涼一は、ほんの少し残ったアイスコーヒーを、じゅるると吸った。
「おう」
土屋が席を立つ。返事をしながらシャワー室のあるエリアに向かった。
もとの個室に戻ると、涼一はさきほどとおなじように靴を脱いでフラットシートにあぐらをかいた。
壁に背をあずける。
「はー」
一つ想定外のことが起きると考えが纏まらん。
どうしたらいいんかなと、スマホをとりだして爽花にかけてみた。
「あ、俺。いまいそがしいならいいけど」
「──学校休んでるから、いそがしくないよー」
即座にそう答えが返ってくる。
そうだったと涼一は何となく項垂れた。
「──りょんりょんに、お知らせがあります」
「なに」
「──さっきマジ気づいたんだけどぉ。このまま解決長引いたら、わたし夏休み突入するんだよねえ」
涼一は顔をしかめた。
「それが?」
「──マジでラッキーじゃん。出席日数、そんなにダメージ食わないですむの」
涼一は顔を引つらせた。
こちらは今日中にでも解決してもらわなきゃ困る社畜なんだが。
「──んでさ、りょんりょんは同僚さんもう会ったの?」
「……いまシャワー浴びに行ってる」
涼一は答えた。
爽花がなぜかとつぜん沈黙する。
「どした」
「──シャ……シャワ。うわ、うわわわ……」
何かあったんだろうかと涼一は眉をよせた。
「──りょ、りょんりょんって、ホントにオトナの人なんだ。ふゎゎ」
何言ってんだこいつ。
「──あ、ああああのね、綾子ちゃんも社内恋愛だったんだって。オオオオオフィスラブ」
「へえ」
涼一はうなずいた。
それでケンカして家出中か。
彼女の事情は知らんが、自分は妥協しててきとうな相手に決めるとかは避けとこと思う。
「本題入るけどいい?」
「──ふゎ……ねねね、同僚さんてどんな人?」
涼一は顔をしかめた。
土屋がいまいるシャワー室のエリアのほうを見る。
「とりあえず能天気なバカ」
いちばん直近の評価を言ってみる。
「──よ、容姿とかぁ」
「クセ毛」
涼一は短く答えた。
「──オ、オオオオトナの関係ってとどとう? どどどどんな感じなの?」
「めっちゃ気ぃ使ってストレスたまるだけ」
なに聞いてんだこいつ。急に就職したあとのことでも心配になったのか。
「おまえさあ。そういうの気にするんなら、まずこれ解決してさ。んで学校行って無事卒業して、たぶん大学とか専門学校とか行って、それから心配……」
ふと涼一は、視線を感じて足元を見た。
靴を置いた個室の入口。
ドアの下に開いた数十センチの隙間。
そこから、少しクシャクシャになったホログラムの顔が、大勢のぞいていた。




