ネットカフェ 四
午前十一時二十分。
涼一はいったん個室から出ると、ネットカフェの玄関口に移動した。
受付近くにあるソファに座り、玄関のほうをじっとながめる。
若い女の子の二人連れ、若い男性一人、そのあとも若い男性一人。
入ってくる人々を確認しては見送る。
こうして見ていると、涼一を見てギョッとした顔をする人のなかに、ときどきふつうに通りすぎて行く人がいる。
あれは、おかしなホログラムを見た人だろうか。
もしかしたらこういうさがし方はありかもなと涼一は思った。
しばらく待っていると、自身と同じような背格好の男が入店する。
汗ばんだ顔をぱたぱたと手で扇ぎ、クセの入った髪をかきあげる。周囲をキョロキョロと見回した。
土屋だ。
ここに来るまえに着替えるとか言っていたが、あれは着替えたスーツなんだろうか。
百円ショップで買ったような大きな紙袋を手にしていた。
「つち……」
涼一が立ち上がり呼びかけようとすると、土屋がこちらを向いた。
「あーホントに鏡谷だ」
土屋がこちらにスタスタと歩みよる。
涼一は無言で目を丸くした。
「まっすます話が呑み込めないんだけど、何してんの。きょうは回るとこないの……ってわけないよな」
持ってきた安っぽい紙袋を、土屋がトンと手近なテーブルに置く。
「……おま」
「よくよく考えたらさ、ネカフェってシャワーとかあったはずじゃん。ついでだから、ここでシャワー使ってから着替えようかなって思ってさ」
土屋が横にあるソファにドサッと座る。
「んでなに、話」
しばらくしてからドリンクバーのほうを見る。
「アイスコーヒー持ってきてからでいい?」
土屋がそう問う。
「おま……俺の顔ちゃんとふだん通り見えてんの?」
「ん? なんで」
土屋が眉をよせる。
まじまじと涼一の顔を見た。
「見えてるけど、ふだん通りってなに」
「おまえ……新しい紙幣見た?」
涼一は困惑しつつ問うた。
「ん?」
「ああー」と続けて、土屋がゲラゲラと笑いだす。
「ここ来るまえに百円ショップ行ったら、セルフレジのお釣りで新紙幣出てきてさあ。思わずキタ━━って叫んじまった」
涼一はガックリとうなだれた。
「んでなに。話」
「……あほ」
涼一は小声でそう返した。
「もちょっと分かるように話してよ。ドリンクバーでアイスコーヒーもらってくるけど、いい?」
土屋が席を立とうとする。
「俺、新しい紙幣見ないようにしろ言ったよな」
「不可抗力じゃん」
土屋が返す。
涼一は、はぁぁと息を吐いた。
土屋がいったん席を立ち、アイスコーヒー二つとソフトクリームを絶妙の角度で両手に持ちもどる。
かがんでアイスコーヒーの片方をトンと涼一のまえに置き、あらためてソファに座った。
「まま、一杯。何か知らんけど」
土屋がそう言いながらソフトクリームを舐める。
「ホログラム見てない人間も必要かと思ったんだけどなあ……。これ、吉と出るか凶と出るか――って凶だろ」
涼一はうめいた。
「なんか祝詞?」
土屋がソフトクリームを食む。
「そういや、おまえの爺さんとこの寺? 神社? 去年のお盆に行ったけどさ」
土屋がそう切りだす。
「……不動尊。いちおう寺」
いまだ項垂れたままで涼一は答えた。
「何か、爺さんにとっ捕まっておまえがずっと顔出してないってボヤかれた」
「実家にもろくに帰ってないのに、爺さん家なんかよけいに行くかよ」
「飲めば?」
土屋が改めてアイスコーヒーを指す。
涼一は、ため息をつきながら包み紙からストローを出した。
「実家と爺さん家はべつじゃん。俺も実家にはぜんぜん顔出してないけど、婆ちゃん家は小遣いもらいに行くよ」
土屋がソフトクリームを舐める。
婆ちゃん認知症かなんかだろうかと涼一は思った。
「寺なら、初詣のときとかシレッと行ってもいいじゃん」
「……それは神社」
涼一は答えた。
「神仏習合ってことにすりゃ問題ない問題ない」
土屋がソフトクリームを舐めるというより噛じるように食む。
日本くらいでしか言えないセリフなんだろうなと涼一は思った。




