ネットカフェ 二
爽花がしばらく沈黙する。
「──りょんりょん、ときどき乱視の発作があるとか?」
ややしてまともな口調でそう尋ねた。
驚かれるか怪訝そうにされるかと予想していたが、この反応は想定してなかった。
「──いい眼科さん知ってるよ」
「どこのだよ。目の診察にわざわざ他県に行かねえわ」
涼一は答えた。
そもそも乱視に発作性のものはあるのか。
「──んー。その行員さん、どこで会ったの? 血洗島?」
「K県。俺の会社のすぐ近く」
涼一は答えた。
「しょっちゅう行ってる銀行だけど、見かけたことない行員だった。頭のないホログラム見た直後、その人に呼び止められて、”頭が落ちましたよ" って」
「──ひろってくれたんだ。いい人だね」
「……やってることクソ不気味とは思わねえの?」
涼一は眉をよせた。
「そのあと気絶して救急車のなかにいた」
「──ん? ……あれ?」
爽花が二、三秒ほど黙りこむ。
「──それK県? 造幣局で倒れたエピはどこに入んの?」
爽花が尋ねる。
「倒れたのは銀行の駐車場だ。造幣局ってのは、たぶんおまえの友だちのガセか思いちがいじゃ」
「ゆあちゃんたち、ガセのラインなんてよこさないよ」
爽花が少々ムッとしたような口調になる。
ゆあちゃんってだれだ。お友だちか。こっちまで面識があるかのような言い方するな。
「んじゃ幻覚、造幣局でも倒れた人がいた、あとは」
涼一はそこでふと別の想像にいたった。
倒れたときに、すでに造幣局に移動していた。
あの瞬間を思い出して、気味悪さに鳥肌が立つ。
「──綾子ちゃん、たしかにうしろ向きのホログラム見たって言ってたけど、知らない女の人になったことないけどなあ……」
爽花がつぶやく。
「まあその行員自体、気絶中に見た夢なのか現実の人なのかよく分からないんだけど、ほかの乗っとり亡霊とは何か感じが違ってたっていうか。──何か知ってる人かなとか。知らんけど」
オカルトはまったく詳しくない。
ホラーのマンガやアニメで見た内容を思い出して、こんなものかと見当をつけてみる。
ここまで怪異の連続に遭ってなければ、中二すぎてとてもできない会話だ。恥ずかしい。
「その行員さんにほかに会った人いるかな。エックスにポストしてみよっか」
爽花が答える。
「それは任せるけど。たとえば綾子さんが何か特殊能力もってるとか、そっちのご先祖がなにか特殊な人だったとか──ないの?」
「──うちの血筋は霊感とかだれもないよ。この場合だとりょんりょんのほうが何かありそうじゃん。ないの?」
爽花が尋ねる。
涼一は曖昧な返事をした。
「霊感とかああいうのってさ、遺伝なんでしょ?」
「……そうなの?」
涼一はあぐらをかいて足首をおさえた。
「ユーチューブで見たよ」
こんなときのソースまでネットかよと思う。
「ま、いいや。──本題入る」
涼一は眉をよせつつそう切りだした。
「──ん? いまのが本題じゃなかったの?」
「いまのは前置き」
「──前置きなっが」
爽花が悪気もなさそうに言う。
「やかましいわ」
こんな中二な会話するのは慣れてないんだ。いきなりダイレクトに入れるか。恥ずかしい。
「おまえん家にいたとき、二回ほどおかしな夢見た」
「ふむふむ」
爽花がそう返す。
「一回めは、血で真っ赤の川。ほとんど血液そのものが流れてんじゃねえのくらいの。そこに木製の台があって、自分の頭がその上でグズグズに腐っていく」
「──血まみれの川、頭がグズグズ……」
爽花が復唱する。
メモでもしてるんだろうか。
「んで──たしか目の前にレンガづくりの橋があらわれて、そこから女の人が飛び降りる」
「──女の人が飛び降りる……」
爽花がふたたび復唱する。
しばらく黙ってから「ん?」とつぶやいた。
「その行員さんが飛び降りたの?」
そんなこと言った覚えはないがと思う。
「行員さんじゃないけど。──着物の人」
「でもその橋で身投げした人の幽霊が、行員の姿でりょんりょんに親切にしてくれたって線もアリじゃん?」
「あ?」
そういうのもありなんだろうか。
たしかに橋から身投げした着物の人は顔はよく見えなかった。行員と同一人物だと言われたら否定はできないが。
「──なんか違う気がするんだけどな」
涼一は首をかしげた。
「──どのへんが」
「なんかこう──雰囲気というか」
根拠はないんだが。
行員のほうは、どこかで見たことがあるようなないような気がしていたことにいま気づいた。
過去に会っているのか、それとも過去の知り合いのだれかに似ているのか。
「──ちがう? 絶対?」
「いや──分かんないけど。行員は陽キャのアイドル系童顔って感じで、橋の上の人は面長っていうか大人っぽかったっていうか」
「──りょんりょん、どっち好み?」
「そういう問題じゃないだろ」
どちらというと行員。
ついつい脳内でそう返して、涼一は眉をよせた。




