ネットカフェ 一
駅から出て、大きなテナントビルのあいだに挟まれたドアのない入口を入る。
せまい階段を昇り、ネットカフェ入口のドアを手で押して開けた。
短時間とはいえ暑いところを歩いてきたので、エアコンの涼しさが気持ちいい。
涼一はすこしだけネクタイをゆるめた。
ここは何回か外回り中の昼寝に使ったことがあるが、久しぶりだ。
セルフレジで手続きを済ませ、ほそい廊下を個室の番号を見ながら歩く。
どこにホログラムの亡霊か亡霊にとり憑かれた人間がいるか分からないので、自宅以外で個室、防音の密室はありがたい。
希望した個室の番号を見つけたところで、スマホの着信音が鳴る。
ポケットからスマホをとりだし、個室のドアを開けながら表示画面を見た。
爽花だ。
まあ土屋は、まだこちらに来られる時間じゃないだろう。
待ってるあいだにさっきの話の続きをしとくかと通話に応じた。
「──りょんりょんやほー!」
「起きたのか」
涼一はフラットシートに座りながら答えた。
「──うんっ、おはよう」
爽花が快活な声で答える。
「おはよ」
何だこのやり取り。
「──いまなにしてんの? 会社?」
爽花が問う。
「会社はこのあと行くつもり。とりあえずネカフェで同僚と待ちあわせ」
涼一はネクタイをゆるめた。
「──あんだけ会社行く会社行く言ってたのにー」
「これから行くっつてんだろ」
涼一は顔をしかめた。
行動が行き当たりばったりになってるのは認める。
S県にいた時点では、会社にいる成りすましと通話したのもあって、成りすましの正体を暴いてやることしか考えてなかった。
こちらにもどって日常をすごしていた場所に来ると、あちらもこちらも今どうなってるんだという疑問が出てきた。
新紙幣のおかしなホログラムを見た人間がつぎつぎと正体不明の亡霊に乗っとられるんだとしたら、解決を急がなきゃ自分の周辺もどんどんややこしいことになるんじゃないのか。
とはいえこんな大規模な問題、自分に解決できるとは思えん。
そう考えて顔をしかめる。
自分が巻きこまれてるから焦って解決策を模索しているが、日本国内には霊能力の高い霊能者も偉い坊さんや神主さんも、効果的な解決策を考えられそうな頭のいい人もいくらでもいるだろう。
最終的にはそういう人が動いてくれるのを期待しているんだが。
革靴を脱いでフラットシートのうえであぐらをかく。
「──んでなんだっけ。わたしが寝てたとき、なに話してたの?」
爽花があらためて聞く。
ほらやっぱ、あの時点で説明してもムダだったろと涼一は思った。
ムダ時間を使わんでよかった。
涼一は、かたわらの壁に背中をあずけた。
「いま時間ある?」
涼一は尋ねた。
オカルト的な話をあまりまじめに人と話したことはない。
説明がヘタで話しこむことになるかもしれないと思った。
「学校おやすみ中だから、いっぱいあるよー」
爽花が答える。
そうだったなと思った。
こいつもさっさと解決しなければ、学校に行けないどころか二体の亡霊に乗っとられる可能性があるはずだが、何でこう能天気にしていられるんだ。
「おまえん家にいたとき、二回ほどおかしな夢見てさ」
涼一は切りだした。
「──ふむふむ」
爽花が合いの手をいれる。
こっちもこんな中二病みたいな話切りだすの恥ずかしいんだ。まじめに聞けと思う。
「──二回? 一泊してるあいだに?」
爽花が問う。
「……一回めは玄関で気絶したとき」
「ああ、あれ」
爽花が答える。
「りょんりょん、”頭落としたって……落としたって" って、うーんうーんって唸ってたね」
唸ってたねと言われても、意識なかったんだが。
「あんまりうーんうーん言ってつらそうだったから、ベルト外してあげました」
爽花が言う。
通話口のむこうでピースをしてそうな口調だ。
外したのおまえか。涼一は軽く眉をよせた。
引きこもりの拓海ちゃんとやらを引っぱりだしてやらせたのかと思いきや。
セクハラ言ったろか。
「──なんで綾子ちゃん見てパニック起こしてたの? そのあとは平気だったよね?」
「いや……」
そこをまず説明してたら、本題からいったんズレるんだが。
涼一はスマホのデジタル時計を見た。
土屋は二社ほど回ってくると言っていた。この分だとまだこちらには来られないだろう。
すこし話がそれるくらいは平気か。
「──ねねね。話長くなるなら、わたしそっち行こうか。どうせ学校おやすみでヒマだし」
学校がおやすみなんじゃなくて、おまえが休んでるだけなんだが。脳内で訂正してやる。
「いい。よく分からんけど、たぶんカギがありそうなのはそっちの土地だ。おまえはホームにいろ」
「ええー。観光したかったあ」
爽花が声を上げる。
「何もおもしろいとこねえよ。それより玄関で気絶したときの話だろ?」
涼一はそう返した。
「俺が頭ないホログラム見た直後、ナゾの女性行員と会ってる。あのときは綾子さんがなぜかその女に見えた」




