駅➡️新榦線車内
午前中に会社に到着はまずムリだ。
きのう布団のうえで検索した時点で、もはやあきらめた。
他県とはいえおなじ地方内なのに、まさか直通の新幹線がないとは。
陽が昇る時間帯を待って、徒歩でもよりのバス停へ。
爽花が起きてきて朝食を食べていけとしつこくせまったが、「綾子さんと拓海くんによろしく」と言い振りきって出てきた。
バスは通勤時間帯は本数が多めなようだが、それでも十分に一本。
いちばん近い駅までバスで二十分ほどらしい。
新幹線の始発はきのう検索したが、時刻表と同時に出てきた「乗り換え案内」という単語に目を丸くした。
ここも地元も、そこそこ大きな市だ。
あいだに直通の路線がないとかマジで目をうたがった。
駅に到着する。
バスのアナウンスが駅名を告げるが早いか、涼一はほかの乗客をムリに押しのけてバスから降りた。
駅の構内に駆け足で入り、新幹線の乗り場をキョロキョロとさがす。
あまり構造のややこしい構内じゃなくて助かった。
これがT都のT駅や、О府のO駅やU駅みたいな迷路だったら絶望する。
新幹線の乗り場の表示は、わりとすぐに見つかった。
スーツのポケットに入れたスマホを取りだそうとしてやめる。
会社に連絡しても、まだ出勤してる人はいなそうだ。
乗り換えの新幹線に乗ってからか。
まだ十分ほど時間がある。
涼一は、駅構内のコンビニへと向かった。
「あ──鏡谷です。すみません、課長そこいますか?」
乗り換え二度めの新幹線内。
コンビニで買った焼き肉弁当は、さきほどまで乗っていた新幹線のなかで食べ終えた。
たったいま、おなじコンビニで買った缶コーヒーを飲み終えたところだ。
窓の外は、ながめを楽しむひまもない速さで景色が流れている。
青々と草や葉が生いしげる県境の里山の風景が延々と続いていた。
時間は七時半。
いまごろアクビが出る。
そろそろ社内のだれかは来てるかもしれん。涼一はスマホを取りだして自身の職場にかけてみた。
「──はィ、課長はマダ出勤シテおりまセん」
変なアクセントのしゃべりかただなと眉をひそめる。
声もしわがれた感じでかなりの高齢の人のように思える。
こんな声や話グセの人、いただろうか。
「いなければ係長──」
「──はィ、ゎタしが係長デス」
通話の相手がそう答える。
涼一は、顔をしかめて向かいの無人の座席を見つめた。
係長の声とは似ても似つかない。
風邪でもひいたのか。
昭和の根性論の時代とはちがうのだ、風邪をひいたら素直に休んでほしい。
下手にがんばって社内スプレッダーになられても困る。
「……大丈夫ですか?」
とりあえずそう言ってみる。
遠回しに「風邪だろ、頼むから休め」と伝えたいが、どう言ったらいいだろうか。
できれば自分が到着するまでに早退しておいてほしい。
「えと……風邪とか」
「風邪トはなんデスカ?」
係長を名乗った人物がそう問う。
涼一は顔をしかめた。
「えと……」
通話口の向こうで紙をめくるような音がする。
メモだろうか、書類。辞書じゃないよなと眉をよせた。
「スミマせン。アタシあんまり読み書きはできなクて」
目が悪いという意味だろうか。
メガネかコンタクトレンズは使わんのか。
「あーぁあ、風邪トハ感冒のことデスカ。コンなのにかかったら大変デス。お医者サンにかかる金子なんて、とてもトテモ」
感冒、金子。
時代劇の人だろうか。
そこまで考えてから、ゆうべ爽花と台所でした会話を思い出した。
怪現象を起こしているのは、二百年もまえの江戸時代の人かもしれという推測。
「……だれだ、おまえ」
涼一は声音を落とした。
もし万が一ほんものの係長だったら、このセリフは自分に成りすましたやつのイタズラで通そう。
「──はィ、ゎタしが係長デス」
おかしなアクセントの相手が答える。
涼一は眉根をよせた。
「……すみませんが、お名前よろしいですか」
「血洗島村の吉じ……」
血洗島村って。
涼一は目を見開いた。
動揺して周辺をわたわた見回してから、通話をスピーカーにして「血洗島村」を検索する。
血洗島のかつての地名か。
もしかすると、あの土地にカギがあるのか。
つい新幹線の進行方向と逆の方向を見る。
地元にもどるのは解決を遠のかせるだろうか。
間違った判断だったか。
新幹線車内のアナウンスが流れる。
澄んだ女性の声で、地元K県K市の駅名が告げられた。




