鬼रჁこƾʖˋ 二
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」
パンッ、パンッと手をたたく音と、子供のはやし声が聞こえる。
「るせ。それはまえになんも効かないの立証すみだろうが」
「――鏡谷くん」
すぐ目のまえの位置から、土屋の声がした。
鼻先でヒラヒラと手を振っているんだろうと思う。顔にかすかな風があたった。
「見える?」
「ぜんっぜん見えない」
涼一は答えた。
「そか」
ややして、パキッ、とわり箸を割る軽快な音がする。
「いま、おまえ “鬼さんこちら” って言った?」
「言ってない」
土屋が答える。
「だよな。子供みたいな声だった」
「んじゃまずちくわ運んでやるから、あーんして」
土屋がそう指示する。
「は? なんで」
「見えてないなら食わせてやるしかないでしょ」
土屋が淡々と答えた。
「うえ」
情けなさで落ちこみそうだ。
「ちくわ、きらいじゃないよね?」
「……きらいじゃない」
お椀にとったちくわを箸で切っているんだろうか。気配とかすかな食器同士の音でそう推測する。
「好ききらいはないんだっけ?」
「……とくにない」
「あーん」
言われるまま口を開ける。
舌の上に、小さくちぎったちくわが置かれる。
鍋の素のだしがまあまあ染みこんでる。
トマト鍋とかカレー鍋とかいろいろためしてみたくて鍋の素は二人で迷ったが、きょうのところは無難な醤油ベースだしでよかったと思う。
「おいしい?」
「おいしい」
涼一は口をおさえて咀嚼した。
「んじゃ、もうひとくち」
「おまえ介助やっぱ慣れてねえ?」
「 “あーん” は弟にやったことが、そりゃ」
土屋が答える。
口を開けると、また舌の上にちぎったちくわを置かれた。
口をおさえて咀嚼する。
「そりゃって、兄弟いるとそんなあたりまえ?」
「んじゃねえの? けっこう」
やっぱり俺の知らない世界だ。
涼一は咀嚼したちくわを飲みこんだ。
「つぎ何がいい?」
「……はんぺん」
涼一は答えた。
「はんぺんね――つゆは? いらない?」
「いる」
「はんぺんにつゆたっぷり染みこませてあげるね」
何だそこまでの細かいお世話。オニイチャン大好きになりそうになるわと涼一は思った。
しばらくして、だしの効いたつゆのたっぷり染みこんだはんぺんが舌の上に置かれる。
「熱くない?」
カチャカチャと、たぶんつぎに食わせるものの準備をしながら土屋が問う。
「……平気」
涼一は口をおさえて答えた。
「はい、あーん」
土屋がふたたび言う。
涼一は、もはや言いなりで口を開けた。
舌の上にだしの効いたつゆたっぷり染みこんだはんぺんが乗せられる。
「……ほかのとこで言うなよな」
口をおさえて咀嚼する。
「言わないって。何がかなしくて同僚にあーんした話なんて」
土屋が答える。
「つぎは? 野菜も食べる? ――つか肉入れるタイミングって、鏡谷くん的にどのへん?」
「……まかせる」
涼一はみじかく答えた。
「鍋奉行みたいな感じじゃないんだ」
「……なに俺、そういうイメージ?」
「なんかそれっぽい」
どんなイメージだ。まえにみそ汁の味噌入れる順番にツッコんだからだろうか。
「こだわったことべつにないな。家族と食うと母親おまかせじゃん」
「まあ俺も彼女おまかせだったしな」
土屋がそう答える。
「どのへんのタイミングがいいかグーグルのとこのAIさんに聴いてみる?」
「お。聞こ」
テーブルの天板と金属のこすれる音がした。土屋がスマホを手にしたのか。
「ええとね……“スープが温まった初期の段階で入れます” 」
二人でしばらく沈黙する。
「……初期すぎてね?」
「すぎてるね」
土屋が答える。
「基本、野菜が水から煮るで肉がお湯から煮るって認識だったけど」
「俺も」
土屋が返す。
「んじゃ、だいたい合ってるってことで。いまから入れる?」
「んだな」
涼一はそう返した。
「つか、まえ食べたときにさ、豚肉か鶏肉か牛肉かとかでもタイミングが違うって聞い……」
涼一はふいに口をつぐんだ。
いきなり目が見えている。
「どした」
目のまえ。膝を突き合わせる位置にいる土屋が、お椀と箸を持ってこちらを見ている。
「見えんだけど」




