雑居状態၈家 台所 四
風呂から上がり頭にバスタオルをかぶった涼一が台所に行くと、爽花があいかわらずポチポチとスマホを操作していた。
「ドライヤーつかう?」
爽花がイスの背もたれに背中をグッとあずけてこちらを見上げる。
「出勤まえなら使うけど。べつにあってもなくても」
「つかうときは、わたしの部屋にあるやつ持って行っていいよ」
爽花がスマホに目を移す。
「……ならいらない」
涼一は眉をよせた。
成人男性に抵抗がないのは分かったが、この子世間の男性に対する警戒心は大丈夫かなと思う。
「なに。有力情報って」
「ちがうよ。有力かどうかは分かんない情報」
爽花が言い直す。
「……何でもいい。何がヒントになるかもサッパリ分からんし」
涼一はバスタオルでバサバサと髪を拭いた。
頭部に手がふれる感触はあいかわらずない。
髪を洗っていたときは、とりあえず位置の見当をつけて手を動かしてみたらシャンプーの泡が立った。
そのままだいたいの感じで洗髪を終えた。
心もとないが、日常生活はいまのところ大きな支障はないらしい。
「味覚関連で検索してたら、真船 令奈がインタビューで言ってたこと書いてた人いてさ」
「……だれそれ」
涼一は顔をしかめた。
「女優さんだよ。ネトクリの『いくら心中』とか知らない?」
知らんわと内心で返す。
「その女優さんも変なホログラム見たとか?」
「ちがうの。時代劇の映画に出たとき、食事のシーンのご飯もぜんぶむかしの農民の家のご飯を再現してたんだけど、”ご飯が味気がなくて、漬けものを食べるとすごい濃い味に感じるんです。これが味ってものだって感激しちゃうくらい" って言ってたんだって」
涼一は髪を拭く手を止めた。
「りょんりょんの言ってたことに、なんか似てるなーって」
「……ヒントになるかな」
涼一は頭にかぶったバスタオルをとり、両手で簡単にたたんだ。
「分かった!」
爽花が声を上げる。
「ホログラム見た人を乗っとろうとしてる亡霊は、むかしの人!」
爽花がピンッと人差し指を立てる。
「ザックリしすぎだろ。どれくらいむかしなの」
涼一はふたたび髪を拭きはじめた。
「んー」
爽花が宙をながめる。
「江戸時代」
「適当いうな」
バサバサ髪を拭きながらそう返した。
「あれ?」
爽花が首をかしげる。
また二人に増えて、すぐに一人にもどった。
「りょんりょんに成りすました人、天保何年かの生まれとか言ってたって言わなかった?」
涼一はふたたび手を止めた。
会社に電話をかけたさいに出た、自分の名前を名乗った人物。
アルファベットの発音が苦手そうだったので「昭和何年生まれ」と煽ったら、「天保十一年生まれ」と返した。
涼一は顔を上げて、自身が借りている部屋のほうを見た。
天保十一年が何年くらいまえなのか、とりあえずスマホで検索したい。
爽花がポチポチとスマホをタップしはじめた。
「りょんりょん、天保って江戸時代!」
声を上げる。
「当たったじゃーん!」
そう言い、こちらに向けてピースする。
「いや当たり外れとかそういう問題じゃ」
爽花が親指の動きを速め、西暦を検索したあと電卓のアプリを開く。
「天保十一年は百八十四年前! ざっくり二百年まえ!」
「二百年まえ……」
涼一は爽花の手元を凝視した。
成りすましの人物の言っていることが仮にほんとうだとしたら、あきらかに生きた人間ではない。
この気味悪い出来事の連続を考えたら、そもそもが生きた人間やふつうの人間であるはずないのだが。
江戸時代の人間なら、たしかにアルファベットの発音は苦手そうだ。
ましてDNAなんて存在すら知らないだろう。
「え……つまり味覚がむかしの人間なみになってたって」
「わたしがコーラ飲んで異世界ポ~ン状態になったのもおなじ?」
異世界ポ~ンって何だ。一瞬転移したみたいな意味だろうか。
「……少しずつ身体を乗っとられてるとか?」
涼一は最悪の推測を口にしてみた。
足元から血の気が引く。
爽花が目を見開いてこちらを見た。
「わたしの場合、二人かな」
指を二本立てる。
さきほどと違ってピースではないだろう。
「やっぱホログラムのパターンに沿ってるよな。二人になったホログラム見た人は二人に分裂して、それぞれ二人の亡霊に乗っとられ……もし三人のを見た人がいたら三人の亡霊にってことか?」
「いまんとこ三人のホログラム見たって書きこみは見てないけど」
爽花がスマホの画面を見る。
「冗談じゃねえわ。日本中どんどん乗っとられるのか? これ」
「亡霊さんて総勢何名くらいいるんだろ」
爽花がスマホ画面を見つめる。
「何名って……」
SNSでの話の広がり方を見ても、あきらかに一体や二体ではない。
大勢が亡くなった場所に関係しているのか。
せめてどこにいた亡霊なのか分かれば、いろいろと見当がつけられるかもしれないが。
きょうは寝られないかもな。
涼一はふたたび髪を拭きはじめた。




