鬼रჁこƽʖˋ 一
「お世話になりやーす」
土屋の自宅アパート。
午後七時。
無事に退社したあと土屋の車に乗りいっしょに買いものを終えて、涼一はふたたびモダンな和室に通された。
きょうはさいわいにも一日中目が見えていたが、いまにもどうなるか分からない。
全面的に人に頼らざるをえない情けなさと、もどかしさでモヤモヤする。
「鏡谷くん、座ってなよ。夕飯の用意こっちするから」
土屋がいちど部屋へと入り、上着と車のキーを置いて台所のほうへもどる。
「おー……」
いつも出される和モダンなざぶとんを自分でちゃぶ台の横に敷き、涼一は脚をくずして座った。
台所から、カタカタと食器をあつかう音がする。
「……てつだう?」
「いらない。包丁使ってていきなり見えなくなるなんてことあるかも知んないから、あぶない」
土屋がそう返す。
包丁使わせなきゃいいじゃんと言おうかと思ったが、たぶんいちばん最悪の想定を言っているんだろう。
反論するのはやめることにした。
「……悪り」
もうなんど言っているのか。
だがこのセリフしか出てこない。
「まあ、鍋だからぜんぜん手間かかんないし」
ガサガサとビニールのパッケージを開ける音がする。
土鍋に材料をぶっ込んでるのか。
土鍋はどちらも持っていなかったので、途中のホームセンターで二、三人用のものを買った。
一人用の土鍋というものも売っているのは知っているが、一人暮らしだと鍋をする気にはあまりなれない。
はじめは大きめのふつうのホーロー鍋でもいいだろと言ったが、土屋がちょうど土鍋を一つくらい常備しておきたかったというので、支払いは半分出した。
「あー、鍋つかみも買うべきだった?」
土屋が台所で声を上げる。
「タオルでいいだろ、タオルで」
涼一はちゃぶ台に肘をついた。
彼女を家に上げてクッションやらブラシやら置かせていたというところをみると、台所用品をひと通りそろえてそうなもんだが土鍋はなかったのか。
「彼女とは鍋とかしなかったの?」
涼一は台所にむけて問いかけた。
「したことあったけど、土鍋と鍋つかみは彼女のやつだったから持ち帰った」
「あそ」
そういうことかと思う。
自分は、こんどから鍋したいときはここに来ようと思った。
鍋代、半分出してるし。
三、四十分ほどしてから、土屋がグツグツ音を立てる鍋をタオルでつまみちゃぶ台のほうに持ってくる。
「おー、ども」
鍋敷きになるものを置いてやろうと室内を見回す。
「鍋敷きとかある?」
「それも必要だったか……」
土屋が眉をよせた。
「うちの実家だと、いらない雑誌とか置いてた覚え」
「あーあった。うちは読み終わった新聞紙とか。子供んとき」
室内を見回す。
いまどき、どっちも部屋ん中に転がってたりしねえよ、と誰にむけてか分からない文句を内心でたれてみる。
「……会社の書類」
涼一はかたわらに置いた自身の通勤カバンを見た。
「ほとんど社内のPCでしょ、鏡谷くん」
土屋が鍋をもったまま返す。
「エッ、な本とか一冊くらいねえ?」
「ぜんぶデジタルに決まってんじゃん」
土屋が返す。
「だよなあ……」
完全に納得して涼一は顔をしかめた。
「そこのクローゼットにタオルあるからとって」
土屋がつくりつけのクローゼットを顎でクイクイと指す。
涼一は立ち上がってクローゼットを開けた。
なかに置いてある小型のタンスの上に、タオルが積み重なっている。
「タオルってけっこう万能だよな」
言いつつちゃぶ台の上に置いてやる。
土屋がようやく鍋を置いた。
「おつかれ」
「鍋もって動けないあいだに鏡谷くんの目がまた見えなくなったらと思うと気が気じゃなかった……」
土屋が膝の上に手をついて、はーっと息を吐く。
「おまえ、どんだけ……」
涼一は頬を引きつらせた。
ありがたいが、ありがたすぎて逆に引く。
「ま、いいや。食お食お」
土屋がもういちど台所にもどり、わり箸とお椀を持ってくる。こちらに手渡した。
「んだな。いつ見えんくなるか分からんし」
涼一は、わり箸を割ろうとした。
手が止まる。
また、唐突に目のまえがまっくらになった。




