目隠ᒐ၈鬼 三
土屋が冷蔵庫のドアを開けたまま、じっとこちらを見る。
「え? ふつうに見えんだけど」
涼一は片手で目元のあたりをおさえた。
土屋がパタンと冷蔵庫のドアを閉める。かがめていた上体を起こし、こちらに歩みよった。
「ほんとに? もとどおり?」
「何もおかしくないけど」
涼一はまばたきしつつ室内を見回した。
視界に何もおかしなものは感じられない。視力ももとのままのクリアな視界だ。
「あ、んじゃ」
涼一は座っていたざぶとんからそそくさと立ち上がった。
「お世話になりました。失礼しまーす」
「鏡谷くん、待った」
軽く会釈をして帰ろうとした涼一を、土屋が肩をつかんで引き止める。
「いや、見えたんならいいだろ、おまえも大変だと思うし」
「このあと、もう見えなくならないって保証ないでしょ。場合によっては、帰ったあとにお風呂でいきなり見えなくなって転んで頭打つとか、トイレでいきなり見えなくなって転んで頭打つとか、ベランダに洗濯もの干そうとしていきなり見えなくなって転んで頭打つとか」
「お、おう」
涼一は引きつつ返事をした。
どこまで想定してんだ、ちょっと頼もしい。
「いきなり見えなくなるってのが、常時見えてない人よりむしろあぶないと思うんだけど」
土屋が言う。
まあ確かに。
さきほど見えなくなったときは、車の運転中だった。
人通りのない生活道路から駐車場に入ろうとしていたところだったからまだ大事にならずにすんだが、これが通行量の多い道路やまして高速の走行中だったりしたらと思うとゾッとする。
「やば。コロしにきてんのかな」
涼一は顔をしかめた。
「そこまでは知らないけど」
土屋が答える。
「あしたでも近いうちでもいいけど、病院に行って異状なかったら怪異が解決するまでうちに泊まってたほうがよくない?」
「ああ、まあ」
涼一は言葉をにごした。
「……なんか迷惑じゃねえの?」
「帰したあとに同僚が転倒死してましたってほうが後味悪いよ」
土屋が眉をひそめる。
「そか」
涼一は前髪をかきあげて考えこんだ。
「見えてるうちに鏡谷くんのアパートに必要なものとりに行こ」
土屋が、車のキーを手にした。
「はい、目を見開いて――そのまま、まばたきしないで」
眼科のせまい診察室。
高齢の眼科医が、細隙灯顕微鏡をのぞきこむ。
涼一は、医師と機材をはさんで対面する形でイスに座り、まばたきをこらえた。
土屋のアパートに一泊させてもらったつぎの日。
会社には前日のことを伝えて午後から眼科医に検査に来た。
医師が右目をのぞき、つぎにスライドで機器を動かして左目をのぞきこむ。
ここまで、さまざまな機器の置かれた場所に順ぐりに案内され、目を見開いてまばたきを止めては緑の光で眼球を照らされたり眼球に空気を吹きつけられたりした。
「ちょっと疲れ目はあるみたいですけど、異状は見つからないですね。病気かそうじゃないかって話なら、病気ではないです」
医師がそう語り、カルテに書きこむ。
「そうすか……」
涼一は、複雑な表情で息を吐いた。
病気じゃないのはうれしいが、これで土屋のアパートで男二人の無期限合宿決定かぁと、がっくり力が抜ける。
「まあ、きゅうにまっくらな状態になってしまうんじゃ、しばらく運転はひかえたほうがいいでしょうね。ストレスの可能性もあるんじゃないかと思いますけど」
「はい」
そう返事をする。
立ち上がり会釈をして、診察室を出る。
営業時の運転は、とりあえず免許を持っているパートの人が持ち回りでしてくれることになった。
電話でいちいち呼び出すのはめんどくさいが、事故るよりましか。
診察料を払って、眼科の建物を出る。
会社に電話してパートの人に来てもらおうとカバンをさぐった。
「おつかれ。どうだった?」
駐車場の入口に停まった車から、声をかけられた。
土屋だ。
「なにおまえ、営業は?」
涼一は小走りで車に近づいた。
「ここの近くの企業に行って、いま帰社するとこ。――そっちは? まっすぐ営業? 乗せるけど」
「いちお診察の内容、課長に話さなきゃだし、帰社」
涼一は答えて助手席に乗った。
「んで、検査の結果どうだったの」
「異状なし。病気的なものはなんも見つからんとよ」
涼一は助手席のドアをバンッと閉めた。
「男二人の無期限合宿決定━━!!!」
土屋がゲラゲラと笑いだす。
「笑いごとか。むさくるし」
涼一は吐き捨てた。
ややしてから、さすがに悪いかと思い小声でつけ加える。
「……お世話になりやーす」
「なんかもう、シェアしたほうが早いんじゃねって気がしてきた」
土屋がさらにゲラゲラと笑いつつエンジンをかけた。




