目隱ს၈鬼 二
アパートの階段を土屋のサポートでころびもせず何とか昇りきり、共用通路と思われる通路を歩く。
ややしてから、玄関ドアの鍵を開ける音がした。
「どぞ」
土屋が背中を押す。
屋内にすこし入ったあたりで、かたわらから靴を脱ぐような衣ずれの音がしたので、ここが三和土かと判断して靴を脱ぐ。
「段差、気をつけて」
土屋がまた腕をとる。
「悪り」
これをさきほどから何回言っているのか。
あきらかにこれを言うしかやれることがない。
以前来ているので、間取りは分かる。
水場であろうところを通り、奥のリビング兼寝室に通される。
まえに来たときの、モダンな和室を頭に思い描いた。
「まえと部屋のものの配置は変わってねえ?」
涼一は問うた。
「まえに来たのって、いつだっけ」
「葬式ループしてたやつらに絡まれたとき」
「あーあのときだっけ」
土屋が返す。
「別れた彼女があのあといくつか私物とりに来たけど、それ以外は変わってないんじゃないかな」
涼一は何か複雑な心持ちで眉をひそめた。
「え……ちょっと待て。俺が泊まったとき、彼女の私物あったの?」
「何個かだよ。二、三個。ヘアブラシとかクッションとか」
「……俺、使ってないよな」
「覚えてない」
土屋が平然と答える。
あっちが気にするんじゃないんだろうか。
それとも別れた彼女だから、気にしていようがいまいがどうでもいいのか。
人のもと彼女なのになぜか心配になる。
「いいから座れば? とりあえず落ちつきたいでしょ」
二の腕を引かれる。
「ここ」
下のほうから腕を引かれ、かがまされた。
ポンポンとざぶとんかクッションをたたく音がする。
「ここ座って。すぐ横にちゃぶ台ある」
「あ、ああ。悪り」
以前きたときの部屋のものの配置を思い浮かべる。
モダンな和室に合わせた感じの今風ちゃぶ台か。
「いや。まえと配置とか変わってないなら、あとはだいじょうぶだと思う」
「そ?」
土屋が片腕をとり、ちゃぶ台の天板らしきものをさわらせる。
「ここちゃぶ台。んじゃ俺、ごはんの用意するから」
「……おう」
ありがたすぎる。
このさい、みそ汁の味噌を入れる順番がちがうなんてささいな問題、ぜったいに文句は言わないつもりだ。
土屋の手が離れる。
たたみの上を早足で歩く足音がする。足音はすぐに水場の床を歩くときのものに変わった。
「おまえ、目ぇ見えない人間の補助うまくね? やったことあんの?」
「ないよ。見えないの想像したらこうかなって思ってやってるだけ」
なるほど。
会話がとぎれると、とたんに手持ちぶさたになる。
スマホ、スマホとカバンを置いた位置を探そうとして、この状態ではスマホも見られないことに気づく。
「まじか……」
ちょっとした情報収集すらムリとか。
「鏡谷くんのほうが想像足んなくね? その状態だと風呂もトイレも俺が補助することになるんだけど」
土屋がそう告げる。
涼一は動作を固まらせた。
たしかにそうだ。
「まじか」
口元が引きつる。
「俺のほうは平気だけど。弟のおしめとっかえるとこ見てたクチだし」
土屋が言う。
いきなり乳幼児と同じカテゴリーかと複雑な心境になる。
「やばすぎる……」
「まあ、俺がいられるときはいいんだけどさ。会社行ってるときはどうしようかなって」
涼一は額に手をあてた。
「……そんときはしゃあない。実家帰るわ」
「病院で検査して、何かの疾患が見つかったとかストレスとか言われたなら、そのほうがいいと思うけどさ。――もし怪異が原因なら、それじゃ解決しないし」
「……あーそか」
ため息をつく。
とりあえずあしたは休暇とって病院で診察受けるしかないか。
「んじゃごはんにするけど」
「……おう」
「ごはんも介助いるよな」
涼一は固まった。
それもか。
げんなりとちゃぶ台の天板に突っ伏す。
「やばい、落ちこむ。せめて見えなくても自分で食えそうなのない?」
「食えそうなのか……」
土屋が、考えているのかしばらく沈黙する。
「こう、フォークで刺せば何とかなるようなの」
「冷凍のたこ焼きならあるけど、チンする?」
土屋がそう尋ねる。冷蔵庫を開ける音がした。
「つか、まえたこ焼きやっぱ買ってなかった?」
「たこ焼き好きなの?」とつづけようとした。
スッと目隠しのようなものがとれ、土屋のアパートの部屋の光景が目のまえに広がる。
「えっ」
LEDライトのまぶしさに目をすがめた。
シンクの横で冷蔵庫を開けている土屋がこちらを向く。
「見えんだけど……」




