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市内郊外にある単身用アパートの一階共用通路。
黒いスーツを着た不動産屋の男性が、ポケットから鍵を出して右から二番目の部屋のドアを開ける。
涼一がルート営業で回っている企業のうちの一つで、事故物件もとりあつかっている老舗の不動産屋だ。
店舗はとなりの市にあるのだが、昼間は本営業のほうでなかなか営業と話す場所が空けられないからと、担当者がいつも手近かな空き部屋の一室に案内する。
きょうはこのアパートか。
涼一はうながされて中へと入り、玄関とそこからつづく水場を軽く見回した。
自身のアパートよりも築年数がありそうだ。
いつも対応してくれる男性職員は事故物件担当者なんだそうだが、ここも事故物件なのか。
「奥どうぞ。いまお茶出しますから」
担当者が童顔を愛想よく微笑させてそう伝える。
涼一はうなずいて奥のたたみの部屋に靴下の足を踏み入れた。
担当者が、シンクで水道の蛇口をまわす。
ジャッと音を立てて真っ赤な液体が流れでた。
「ああ、すみません。ミネラルウォーター使いますね」
涼一は、ただよってきた鉄分の匂いが気になって顔をしかめた。
真っ赤な液体が、こわいくらい勢いよく流れつづけている。
担当者が、キュッと蛇口を閉めた。
「血液……くらい赤いですね。サビですか?」
「まあ慢性的に血液が流れてると、サビやすいですね」
担当者が答える。
答えがややズレてるような。涼一は宙を見上げた。
「どうぞ。おすわりになってください。いまミネラルウォーター持ってきますので」
そう言い、担当者がドアを開けて外に出ていく。
「はあ」
涼一は、たたみの上にカバンを置いた。
ふと横を見ると、髪の長い女性がざぶとんを二枚置いてくれている。
うつむいてざぶとんをすすめ、自身もたたみの上に正座した。
「あ、ども」
涼一はそう礼を言ってざぶとんの上に座った。
不動産の女性職員か。
いつの間にいたのか。気づかなかった。
「おつかれさまです……」
髪の長い女性が、ボソボソとした声でそうあいさつする。
「ああ、えと。お世話になってます」
涼一は愛想笑いをしてそう返した。
「すみません。わたしの怨みと出血量が多すぎたばっかりに」
涼一はふたたび宙を見上げた。
あんまり意味が分からん。
「えと……おケガでもなさったんですか?」
愛想笑いをしながらそう返す。
「いまはこの通りです」
「ああ、回復されたならよかった」
ははは、と愛想笑いをしてみせる。
「おまたせしました」
玄関のドアが開く。
担当者が、ペットボトルを一本持って戻った。
「いまお茶淹れますので」
「あ、おかまいなく」
涼一は正座した脚を少しくずして座り直した。
「ああ、脚くずしてけっこうですよ」
担当者がガスコンロに火をつけながら声をかけてくる。
「おそれいります」
涼一は脚をくずしながら、ふと横を見た。
さきほどの髪の長い女性がいない。
「あれ」
部屋のなかを見回す。
隠れられるところなんてなさそうだが。
「先日お貸しした海のほうの一軒家、どうでした?」
担当者がお盆にのせたお茶を一人分だけ運んでくる。
涼一のまえに静かに置いた。
「……そちらの分は。お飲みにならないんですか?」
「飲めないもので。いつも自宅ではお供えしてもらうんですが」
担当者がにっこりと微笑する。
意味が分からんが、何か変なものでも入れられてんのかと怖くなるじゃないか。
「えと、さきほどの髪の長い女性職員のかたは」
涼一はお茶には手をつけず尋ねた。
「職員ではなくて、ここのもと住人ですね」
担当者が答える。
話があんまり見えん。
だがここで困惑を顔に出すのは営業としてご法度だと思っている。
涼一はいつもの営業用の愛想笑いを浮かべた。
「あの一軒家はとてもすごしやすくて、よい休日をすごさせていただきました。同行した友人も気に入って、たびたび来ようかなんて言っていて」
「お友だちもごいっしょだったんですか。気に入ってくださって何よりです」
担当者がにっこりと笑う。
「ええ。ロフトからの海のながめがとてもきれいで、波の音が落ちつくものですね」
「それはよかった」
おたがいに愛想笑いをし合う。
「それで、替えのたたみと床材なんですが」
「ええ。関連会社のほうに発注いたしますので」




