雑居状態၈家 台所 三
「 "新紙幣の話、こわい(絵文字)。自分も知ってる人見たってゆってた”、"こないだ友達が笑うやつ見たって。いまんとこなにもないけど(絵文字)"、"幽霊とかいねえし。S国の陰謀じゃねえの?”、"スピリチュアル的には日本が目覚めの時期に入ったってことなんだ”……んーと」
とりあえず「ハッシュタグ新紙幣ホログラム怖い」とついたポストを爽花が読み上げる。
ふいにまた二人に増えて、すぐにもとの一人にもどった。
「このハッシュタグにだいたい情報集まってんの? なら俺、あとは部屋で自分のスマホから見るけど」
涼一は言いながら席を立った。
「ねね、りょんりょん仕事のとは別の複アカ作れば? アットマークりょんりょんで」
爽花が言う。
「やだ」
「アイコンはパンダさんとかでさ。かわいい素材さがしたげる」
涼一は目をすがめた。
どこからニックネームをつけたのかと思ったら、パンダ扱いだったのか。
「んで、わたしのフォローして」
爽花がこちらを見て二カッと笑う。
何フォロワーゲットみたいな顔してんだ。
「しない」
涼一はそっぽを向いた。
「フォローしてくれたら、ほかのJKのアカ教えちゃうよ?」
「いらない」
涼一は眉をよせた。
「風呂借りていいなら、入っていいとき呼んで。あと貸してくれた部屋にいるから」
涼一は台所の出入口のほうに向かった。
「お風呂? もう沸いてるから好きに入っていいよ」
爽花が風呂のほうを指さして言う。
涼一は顔をしかめて指さされた方向を見た。
「……いや、やだろ。見ず知らずの人の入ったあととか」
「そんなの気にしたら温泉旅行に行けないよ、りょんりょん」
爽花がスマホを親指で操作する。
「いや君らが。イヤだろって」
「わたしはあんまり気にしない。お兄ちゃん二人いるし」
爽花がスマホ画面を見ながら言う。
いまどき三人兄弟とか、ちょっとめずらしいなと涼一は思った。
兄がいるから自分に対して人見知りしなかったんだろうか。
「いや……綾子さんは」
「綾子ちゃん、とっくにお風呂上がって部屋行ったよ」
爽花が二階のほうを指さす。
「そうなの?」
「さっき、”いいお湯でしたぁどうぞぉ” って言いながら階段昇って行ったの聞こえなかった?」
「聞こえなかった……」
涼一は爽花が指さしたほうを見上げた。
「遅くなると拓海ちゃんといっしょに入ることになっちゃうから入れば?」
爽花が言う。
涼一は大柄レスラー体型の男といっしょに湯舟に入るさまを想像して顔をゆがめた。
「拓海……くんってのは、鉢合わせしたのが男ならいっしょに風呂入るくらいは平気なのか?」
「ううん。たぶんシャーッて威嚇して逃げる」
ノラネコか。
「……そういうことなら、風呂さきに借りるけど」
「うん。ぬるくなってたら追い焚きしていいよ。湯舟の横にピッピッてやるやつあるから」
爽花がスマホを親指でポチポチと操作する。
ピッピッてやるやつ。追い焚きのコントロールパネルのことだろうか。
「あ、タオルとかバスタオル」
爽花が顔を上げる。
「さっき綾子さんが着替えといっしょに部屋に置いてくれたみたいだけど」
「んじゃよかった」
爽花がふたたび親指でスマホをポチポチ操作しはじめる。
「ありがと。一泊させてもらったら、あした始発で帰るから」
涼一は開け放されている出入口から廊下に出た。
「始発って何時ぃ? 朝ごはん食べてったらいいのに」
爽花が廊下まで聞こえるようにか、声を張る。
「会社あるし。まあ、始発で帰ってもギリギリだから途中から連絡入れることになると思うけど」
涼一はそう返して、部屋にタオルと着替えをとりに行った。
湯舟につかり、はーっと息をつく。
昼過ぎからのたった半日でどれだけのことがあったのか。
何日も経ったような気がする。
とりあえずここの住人は悪い人ではなさそうだし、ひと晩ぐっすり寝かせてもらうかと考える。
風呂から上がったら、もよりの駅と始発の時間調べるか。
何でいきなりこんな縁もゆかりもない土地にいたのか。
そこからさっぱり分からないが、ともかく地元に帰らないと落ちついていろいろ対策できない気がする。
「はー」
「りょんりょん」
風呂のガラス戸がカラカラと開く。
爽花が肩幅ていどに開いたガラス戸のそばにしゃがみ、スマホをポチポチ操作していた。
「は?」
「味覚のことについてさ、有力情報かどうか分かんないんだけど」
「あ゙?」
涼一は湯舟につかったまま固まった。
これが男女逆なら大問題だが、この場合どうしたらいいのか。
「……風呂入ってる最中なんだけど、俺」
「うん。そのまま聞いたら、上がったあとすぐ寝られるじゃん? 上がってから聞くより時間短縮できるじゃん?」
爽花が言う。
兄が二人いるからか。だから抵抗ないのか。
こちらは高校生の妹とか持ったことはないんだ。何ならひとりっ子だ。
こういう感覚が理解できん。
「いや……上がってから聞くから」
「上がってからすぐ寝るほうがよくない?」
爽花が大きな目を丸くする。
「……湯冷めする時期でもないし」
「あ、そっかぁ。ちょっと涼みたい感じ?」
爽花が立ち上がる。
「んじゃ、飲みもの冷やしとくねー」
そう言い、台所のほうに去る。
涼一は固まったまま「……ありがと」と返した。




