波切不動明王 七
「お不動さんだ……」
涼一はつぶやいた。
土屋が、爽花と通話しながらこちらのスマホの画面をのぞき見る。
「──うん、お肉おいしく焼けた? よかったね。こっちは焼き魚の予定」
ふたたび通話をつづけた。
「あっちの食事とかどうでもいいわ」
「いちおスピーカーにするね」
土屋がたのみもしないのにスピーカー機能のアイコンをタップする。
「──そそそそういう、未成年に刺激的なオトナの話やめてっ。あいつの肉汁を残さず食べちゃったとか、海辺でこんがり焼けたぴちぴちのあいつを夜のデザートとかっ」
「眠いんじゃねえの、こいつ」
涼一は顔をしかめた。
「つかれてんのかな」
「遊びつかれて意味不明の供述とか。も、切れ」
涼一はそう吐き捨てた。
「──さやりん、つかれてんならムリしなくていいけど。今回はいちおうこっちもSNSのぞくくらいの時間はあるし、まあ」
とはいえ自身はいつ怪異に巻きこまれて気でも失うか分からん状況だ。
土屋が一人でサポートしながら調べものってのはけっこうたいへんだろうと涼一は思う。
「──うん、お不動さまか観音菩薩。だいじょうぶ? よろしく」
土屋がそう告げて通話を切る。
涼一にスマホを返すと、動画が表示された自身のスマホをのぞきこんだ。
「お不動さま? どこ」
「橋がぶっ壊れる二十分くらいまえ。本性であらわれてる」
涼一は動画を早戻しした。
条帛を肩からかけ、倶利伽羅剣で武装した厳つい顔の不動明王が、橋を覆うようにしてじっと見つめている。
「あー、なるほど。これは俺でも見えた」
土屋が声を上げる。
「これは見えんのか」
そういえば本性、化身にかかわらず不動明王とは接しているのだ。そんな感じなのか。
橋の上の車道に立った半透明の僧侶が、不動明王を見上げる。
とたんに橋の入口付近に大きな火焔が上がり、一瞬で消えた。
「この火も、うにょうにょのしわざ? ちょっと属性が違うっていうか」
土屋が眉をひそめる。
「や――俺もさっき見て思ったんだけど、不動明王がやった感じっていうか。ぜんぜん直感だけど」
「ちょっとまって」
土屋が涼一のスマホを使って何かを検索しはじめる。
さっきからおたがいのスマホを交換したみたいな変な状況になってんなと涼一は思った。
「……ああ、なるほど」
土屋がスマホ画面を見てつぶやく。
「四車線の橋なのに、事故起こした車が一台もないってのちょっと引っかかってたんだ。――壊れるまえに両側の出入口付近でボヤが起こってたんで点検のため通行止めにしてたって記事が出てる」
「……不動明王が手ぇ回した?」
「そういうことかも。事故が最小限ですむようにしたのかな」
土屋が答える。
「発火現象なんて起こせんなら、いちいちこっち呼ぶなっての」
涼一は顔をしかめた。
「まあそれが限界なんじゃ? 次元というか階層というかが違うところからお力ふるってるんだろうし」
「あっちのお使いさんも本来は霊界かどっかに行っちゃった人だしか。――生身のお使いさんはいねえのかな、観音さまってのは」
焼き魚の芳ばしい匂いがする。
すぐに台所の換気扇を回したのだろう、匂いはすこしうすれた。
「夕飯できましたよー」
「あらあらまあまあ、二人とも話しこんじゃって」
幽霊の老夫婦の声が聞こえる。
「さやりんの調べもの時間かかるだろうし、ごはんにしよっか」
土屋がロフト下を見た。
「んだな」
スマホ画面を見つつそう返事をする。
見つめている動画のなかでは、K大橋の両側から大きな波が押しよせて橋がグラグラとゆれている。
ミコミコニュース特有の右から左へと流れるコメントで画面がまっしろになりかけるが、ややして文字が透明になる処理がされて様子がよく見えるようになった。
波の下から、にょろにょろとした白い半透明のものがいくつも湧きでている。
いっせいに河の水を押しだして大波を作っているように見えた。
幻覚のなかで僧侶にからんでいたロープ状のものと同じと思える。
さきのほうにある長細い手で押しだした河の水を橋梁にぶつけると、そのままグイグイと橋梁を押して大きくゆらしていた。




