波切不動明王 五
「K大橋を倒したっていううにょうにょと、鏡谷くんが幻覚で見せられたロープっぽいうにょうにょはどちらも船幽霊の手なんですか?」
土屋が早口言葉のような言いかたで行員に質問する。
「うにょうにょはどちらも海で死亡した霊の集団です」
行員がにこやかに答える。
「……ちょっと待て。あんたがうにょうにょ言うと何かやらしい」
涼一は眉をひそめた。
「鏡谷くん、そういうのは後にしなさい」
土屋が苦笑いする。
「観音殿って言ってるってことは、今回は観音菩薩とあんたの共同作戦みたいな?」
涼一はそう問うた。
行員はただニコニコと笑ってこちらを見ている。
「あのなあ、いくらかわいくて俺がOLさん好きでもな……!」
「神仏ってそういうのあるのかな。めいめいに動いてるだけで、具体的に協力を求めてきたのはあちらのお使いさんなんじゃ」
土屋が顎に手をあてる。
「どゆこと」
「つまり、観音菩薩のお使いとしてここの怪異に対応しにきた。ところが船幽霊の数が多すぎたか何かで捗らない、海を守る神仏はほかに不動明王がいることをたぶんお坊さんなら知識として知っていた、自分と同じようなお使いさんがいるのも知っている、お使いさんなら人界では仏よりも動きやすいから協力を求めてきた――こう?」
「どう?」
涼一は行員の顔を見た。
あいかわらずニコニコと笑っている。
「あのなあ! いくら笑ってりゃかわいいからってなあ! 笑ってなくてもかわ……!」
「鏡谷くん、少し落ちつこうよ」
土屋が苦笑する。
「ちなみにほかのお使いさんって神仏との関係性どんななんですか? 鏡谷くんみたいなのはけっこう例外なんじゃ」
土屋がこちらを指す。
「どうでもいいわ。ヤならさっさとお役御免にしろ――つか、してくれ」
行員はあいも変わらずニコニコとこちらを見ている。
涼一はため息をついた。
こちらが根負けする。
「どうぞ」
行員の膝の上に、いつの間にか古美術品のような倶利伽羅剣が乗っていた。
小ぶりの手には、色落ちした組みひものような羂索。
倶利伽羅剣を両手で持ち涼一に手渡すと、羂索は土屋に指しだした。
「あ、ども」
土屋が受けとる。
「俺の役割は、あくまで鏡谷くんのサポートっつか警護役だと思ってるんですけど間違いない?」
土屋が問う。
「何それ。そうかもしれんと思っても受け入れてたの? おまえドM?」
涼一は顔をしかめた。
「いやー流れでそうかなって気づいただけなんけど、何かしょうがないかなって」
土屋が羂索を両手で持ちながめる。
「染みついたお兄ちゃん根性? すげえな」
涼一は顔をしかめた。
行員の霊池こと不動明王が立ち去ったあと、涼一は薄暗くなった窓の外を見つめた。
水平線の上はまだ赤い色の夕焼けが残っていたが、空の大半はもう暗い色の雲が広がっている。
土屋は行員を見送ったあと、ふたたびスマホを操作しはじめた。
薄暗くなったロフトの上でスマホの光が土屋の顔を照らしている。
「あのさ」
「うん」
涼一が呼びかけると、土屋が返事をした。
「警護ってなに。そういうあつかいかもしれんっての気づいてて、ようもいっしょに行動してんな」
「行員さんはべつに肯定してなかったけど?」
土屋が答える。
「否定もしてなかったじゃん。考えてみりゃこのまえの死神のガイコツ、さいしょは俺ねらってたのに、お不動さんが邪魔したからおまえんとこ行ったみたいなこと言ってたよな」
「言ってた言ってた」
土屋がスマホを操作しながら答える。
「おまえ身代わりだったわけ?」
涼一は眉をよせた。
土屋が、しばらくスマホを操作してから口を開く。
「お不動さんとしては、死ぬまでのことはないのは分かってたでしょ。いちばん働いてもらわなきゃならないお使いさんにICU入られちゃ困るから――まあ、身代わりは身代わりかもしれんけど」
「……理解できないんだけど」
涼一はゆっくりとあぐらをかいた。膝の上に頬杖をつく。
波の音がする。
日が暮れるにしたがって、音が大きくなった気がする。
「俺も、コイツの身代わりなんかやってられっかって人間の身代わりまでやってないし」
土屋がスマホを操作する。
アナウンサーの話し声のようなものが漏れ聞こえてくるが、ニュースの検索でもしているのか。
「鏡谷くんなんか他人のために悪霊にキレてたりするじゃん。俺なんかそっちのほうがびっくりする」




