波切不動明王 三
「──んとね、不動明王と海ってなんか関係ありますかってSNSで聞いてみたらね」
爽花がそう切りだす。
「なんか波切なんとかってFF外からリプくれた人いて──あっ、それで、いままでの不動明王の祠とかなんとかダルマとかのやりとり見て、話合いそうってフォローしてくれたみたい」
「……そこいま関係あるか?」
涼一は顔をしかめた。
「波切なんとかってなに、さやりん」
土屋が話のさきをうながす。
「──まってまって。これって通話したままってSNS見れるの?」
爽花がつぶやく。
「たしかスピーカーにすれば見られた気が」
涼一は答えた。
「──綾音ちゃーん、スマホ借りていい? SNSのアプリ入ってる?」
爽花がどこかに向けて大声で問う。
「──綾音ちゃんのスマホ借りた。わたしの見られるかな」
「だからおまえの親戚の名前いきなり出されても知らんて」
涼一は顔をしかめた。
「──んとね、“FF外から失礼します。あっでもこれまでのやりとり見たら面白い話ができそうな方なんでフォローさせていただきました。当方、オカルトの中でも因習とか古い信仰とか大好物でして”」
「……そこ要るか?」
涼一は軽くイラつきながら口をはさんだ。
「── “お友だちのりょんりょんさんというのは、同じ女子の同級生なんでしょうか。楽しそうですね” 」
涼一は頬が引きつりそうになるのを抑えた。
「──んーと、つづきえーと。あっこれだ。“不動明王と海の関係というと、まずは波切不動明王じゃないでしょうか。弘法大師空海が、唐からの帰路のさいに海上で嵐にあいまして、不動明王像を彫り祈願したところ荒波が鎮まったという伝承です。そこから不動明王は、航海の安全や海上安全の守護仏としても信仰されていて、海の近い地方では波切不動明王の寺院があったりするんですね”」
「……なる。それで補陀落渡海が原因で起こった海の霊現象に行員さんが関わってきた感じ?」
土屋がつぶやく。
「観音菩薩との関係は? ただのホトケ同士ってだけか?」
涼一は問うた。
「──んー、べつのFF外の人もリプくれたけど、不動明王と観音菩薩にこれといったつながり的な伝承はないって。でも魔法系のファンタジーとかダークファンタジーなんか見ると、神同士で上下関係あったりつながりあったりしますよねって」
そこは当てになるんかなと涼一は思った。
「神仏さん同士が上でつながって協力関係になってるかどうかはともかく、観音菩薩のお使いさんと思われる人にはもう協力者認定されてるらしいから」
土屋がふぅ、と息をつく。
「巻きこまれるのは必至ってか」
涼一は答えた。
「──あーあとね、きのうK県の海に来てますってポストしたときね、なんか変な事故起こってますよね、だいじょうぶ? ってリプくれた人けっこういたんだよね」
涼一は土屋と顔を見合わせた。
「変な事故って?」
「要点だけ言えよ。よけいなこと要らねえからな」
涼一はそう返した。
「──市街地から来るとき通るK大橋が落ちたじゃん?」
「おう」
そう答える。
「ちなみに、さやりんたちはどうやって帰る計画? さやりんはともかく綾子さんの旦那さんとかはお仕事あるでしょ」
土屋が問う。
「──綾子ちゃんの旦那さんの会社、リモートワーク中心だからヘーキだってさ。海辺から会議に出席するって、綾子ちゃんと景色のいいとこ探しに行ったあ」
涼一は無言で顔をゆがませた。
土屋のほうを見ると、やはり複雑そうな表情で軽く眉をよせている。
「……だから俺はいつも言ってんだろ。ふつうの社畜じゃなくて、もうちょっと違うやつをお使いにしろって」
「どうしよう……鏡谷くんに同意しそうになった」
土屋がそうつぶやく。
「ちなみに、どう変な事故なの? さやりん」
土屋が通話口に向かって尋ねる。
「──なんかユーチューブとかでゆってるよ。橋が落ちていくとき、変な手がいっぱいうにょうにょカメラに映ってたって」
「変な手がいっぱいうにょうにょ?」
土屋が怪訝な顔をする。
「──うっ、うにょうにょってゆっても、ふつうのうにょうにょだからね! やらしい触手とかじゃないからね! 二人とも、そそそういうのは十八歳以下がいないとこでやってよね!」
「なに言ってんの、こいつ」
涼一は眉をよせた。
「カメラってテレビカメラか?」
「──違うの。ユーチューブの河川の水位とか監視するライブカメラ。──ほら、台風とかになるとみんなでヤシの木のヤッシー応援したりするじゃん」
「知らね」
涼一は答えた。
「変な手がいっぱいうにょうにょ……」
何かデジャヴのようなものを覚えて、涼一は首をかしげた。
「なんかそういうのあったようななかったような……何だっけ」
目線を横に流す。
そろそろ薄暗くなってきた海が目に入った。
「鏡谷くん?」
何を思ったか、土屋が目をきつくすがめてこちらを見る。
「──えっ、ちょっとまって。ゆゆゆうべの二人のあれがそれとか? 触手プレ……えええ」
「んー、でも関係ねえかな」
涼一は前髪をかき上げた。
土屋が、ずいっとこちらに身を乗りだす。
「鏡谷くん、また後だしじゃないよね。何を思い出したの。お兄さんに言ってみなさい」
「学年いっしょな」
涼一はそう返した。
「いや、たしか昼間に幻覚見せられたとき、海に沈んだ坊さんがうにょうにょしたロープみたいなのに全身ぐるぐる絡められて捕らえられてたんだよな」




