雜居状態၈家 台所 二
夕飯を終え、涼一はつけられたキッチンのテレビをなにげなくながめた。
自宅アパートにテレビを置いていないので、ふだんはテレビはほとんど見ないが、他人の家の食卓ですぐにスマホを見出すのも気が引ける。
食事は思ったよりふつうに食べられてホッとした。
口に飲食物が入ると、ちゃんと味が分かる。
いつもより味が新鮮に感じられて感激すらしてしまったが、久々に食べた家庭料理だからなんだろうか。
時間は、夜の九時半。
地元の職場やアパート、もろもろの周辺の様子も気になる。
タイミングを見て貸された部屋にもどって、この時間帯に電話してもよさそうなやつにかけてみるか。
あとは新紙幣に関係した怪異を検索して情報収集か。
会社が救急車を呼ぶ騒ぎになっていたが、あれはその後どうなったのか。
笑うホログラム肖像を見ると百パーセントの確率で笑い死にするとかネットにはあったらしいが。
まさか死人とか出てないよなと思う。
となりの席では、爽花がスマホを親指で操作しながら画面をじっと見ている。
その後、あたらしい情報はあっただろうか。
気にはなるが、画面を覗くわけにもいかんよなと思う。
「りょんりょん! りょんりょん! 見て見て!」
爽花がこちらに肩をかたむけてスマホの画面を見せる。
見てよかったのかよと涼一は顔をしかめた。
「K県の会社で、六名呼吸困難で搬送だってさ。りょんりょん知ってる会社?」
涼一は目を見開いた。
頭をかたむける感じで画面を見る。
「ほかの県でもあちこちであったみたい」
「K県のは……俺の会社」
涼一は答えた。
「えっ、まじ」
爽花が画面をスクロールする。その後の経緯ももう書かれているのだろうか。
「あっ、と。全員、すぐに回復。命には別状なしだってさ」
爽花がスマホを両手で持って読み上げる。
涼一は詰めていた息を吐いた。
「……ほんとに?」
「ほんとだよ。書いてある」
爽花がスマホの画面を見せる。
「んじゃ何。百パーセント死にいたるとかいうネット情報はガセ?」
「んー。そうなのかな」
爽花がふたたびスマホ画面を見つめた。
「エックスとかも見てみるー」
SNSは仕事のやつをポストしっぱなし派なんで、代わりに細かく情報さがしてくれるのはありがたい。
「――K県じゃないけどって人がポストしてる。笑いが止まらなくて呼吸困難で搬送された人、親戚にいるって」
「そっちも命に別状はなし?」
涼一は尋ねた。
「なしですぐ帰宅したっぽいんだけど、なんか話すこととかちょっとおかしくなったって。後遺症とかかな?」
爽花が首をかしげる。
たしかに呼吸困難なら、最悪の場合は脳に影響しそうだが。
「おかしいってどんなふうに。そこまでは書いてない?」
「んー、ちょっと待って」
爽花が画面を親指でタップする。
「これかな? ――味覚変わったみたいって」
涼一は顔をしかめた。
「んな些細なことっていうか」
いや味覚障害なんかだと亜鉛不足が原因のことがあるとか、舌がヒリヒリするのが続いていたと思ったらホルモンのバランスが崩れてたとか、些細なことと思っていたら舌癌の予兆だったとか、いろいろ聞くには聞くが。
ここまで怪異なことが続いていると、もっと派手な変化を想像した。何か拍子抜けする。
「俺もさっき、料理やたらおいしく感じてびっくりしたけど」
「綾子ちゃん人妻だもん。そりゃ料理おいしいよ」
爽花がスマホをタップしながら言う。
世の中の飯マズ人妻を敵に回すようなセリフをと思った。
「何ていうか。いままで味気ないメシ食ってたところに、いきなり濃い味のつけもの食べたみたいな? これが味というものかーってレベルの」
「そういえば、わたし二人に増えるようになったあとにコーラ飲んだら、異世界にぶっとばされた感じした」
爽花が言う。
「……何それ」
独特の表現だが、おなじ経験を語っていると解釈していいんだろうか。
「おいしいんだけど、なにこのなんの食材か分からない不思議すぎる味ぃーみたいな」
「……変なホログラム見た人に共通してるとしたら、何かヒントになるか?」
涼一はつぶやいた。
ならないか。
味覚がヒントの怪現象とか聞いたことがない。
「いちお、それポストしてみるねー」
爽花が画面を親指でタップする。
「 ”拡散。変なホログラム見て味覚変わったって人いる?" 。ポスト」
涼一は顔をしかめた。
限定された層しか来なそうな気がする。
「いやもうちょっと。いろんな年齢層とかいるだろうし。だいたい新紙幣のホログラムって言わなくて通じるもんなの?」
「 ”新紙幣のホログラムのことね"。――ポスト 」
「……できれば何か情報もってる人とか、手がりに心当たりある人とか」
涼一は言った。
もう少し効率のいい書き方がありそうだと思うが、文章まとめてから書くってことしないのか。
「 "手がかりも求む”。ポスト」
「確実な霊能者なんて知ってる人とか」
「 "確実な霊能者知ってる人来て”。ポスト」
「……いや俺の言ったことぜんぶ書かなくていいから」
「ん? 削除する?」
爽花がこちらを見る。
……何か行き当たりばったりな性格が微妙についていけない。
涼一は顔をしかめた。
「いい。とりあえずはそのまま」
そう返した。




