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「んだって金払って家借りてさ、せっかく海で連休満喫しようとしたのに坊さんの霊一体でぜんぶナシにするとか頭こねえ?」
繁華街の西の方向にのびた道沿いにある鮮魚店。
店の半分ほどのスペースにお座敷があり、魚料理を提供していた。
昼をすぎた時間帯のためさほど混んではいなかったが、やはり行楽客と思われる人々をちらほら見かける。
涼一は土屋とともに、さきほど注文した海鮮丼が運ばれるのを待っていた。
「何ていうか、払った金の元を取ることがいちばん大事で、休日は死んでも邪魔されたくないっていう会社員の鬼みたいな鏡谷くんが、やっといつもの調子になってくれてお兄さんうれしい」
「学年いっしょな」
涼一は応えた。
土屋が、テーブルに肘をつきスマホの画面をタップする。ニュースをチェックしているのか。
「じつはさっきさ、鏡谷くん意味不明こと言いはじめたと思ったら踠いて気絶したから、急病か怪異の影響かちょっと迷ったんだけどさ」
土屋がスマホの画面をスクロールした。
動画の音声が漏れる。
「怪異にしてもちょっとヤバくない? 溺れる幻覚でほんとうに息止めて死亡することもあるって、まえに千鳥サンも言ってたじゃん」
「千鳥。なっつかし」
涼一は自身のスマホをスクロールした。
「生きてんのかな、あのメンヘラ」
「俺らと遭ったときにとっくに幽霊だったんだけど、あの人」
土屋がそう返す。
地元のニュースを報道する動画を見つけたが、K大橋の通行止めはあいかわらずのようだ。
「例の坊さんが後部座席にいたんだよな、幻覚の最中。しゃあねえから事情聞こうとしたんだけどさ」
「まじか」
土屋が複雑な表情になる。
「鏡谷くんて、ちょくちょく肝据わりまくってるよね」
「あの状況でほかに何しろっつの」
涼一はスマホをタップした。
「何か聞けた?」
「だめ。ひたすら “ねんぴーかんのん” 唱えてるだけ」
「意思疎通ムリなタイプか……」
土屋がつぶやいた。
「いっしょにゴボゴボ海に沈んだんだけどさ、気になったのは全身ヒモかクサリみたいなので雁字がらめにされてたみたいな」
「雁字がらめ……」
土屋が復唱する。
「となるとあれかな。自分の意思に関係なくむりやり補陀落渡海やらされたクチ」
土屋がスマホを操作する手を止める。
「闇深なほうか」
涼一は顔をしかめた。
海鮮丼が運ばれてくる。
ぱたぱたと無言でテーブル横の箸置きから割り箸をとると、あとはいつものごとく無言で完食した。
食事を終えて、いくつか刺身と焼魚のパックを買う。
有料のビニール袋をそれぞれに手からぶら下げて店から出た。
「さっすがおいしかった気がする」
「おー。同じ市内だから、じっさい新鮮度はあんま大差ないかもしれんけど」
土屋の言葉に涼一はそう答えた。
「潮の匂いのするとこで食べるってのがいいんじゃないの?」
「分かる」
そう返して、道路向かいの個人経営の店が並ぶあたりを何げなく見る。
小さな美容室から、三人ほどの少女が出てきた。
少し遅れてうしろからついてくる三十代ほどの女性。
うち二人に見覚えがあった。
「さやりんじゃん。あと綾子さん」
土屋も気づいてそちらを見る。
「旅館行ったんじゃなかったの? あいつら」
「さやりーん」
土屋が呼びかけて手をふった。
爽花が目を丸くして立ち止まる。
綾子がペコリと会釈をしたが、爽花は慌てた感じで二人の少女に何か話しかけた。
少女が三人そろってこちらを見る。そわそわと聞こえていないふりをした。
何だ、あの反応。
涼一は眉根をよせた。
「聞こえなかったかな?」
土屋がつぶやく。
「聞こえてんだろ。綾子さんおじぎしてたじゃん」
「何したんだろ、さやりーん」
土屋がもういちど呼びかける。
爽花はパタパタパタッと手を横にふり、さきを急ごうとした。
残り二人の少女も軽く会釈をしながら爽花について行こうとする。
「何なの、あいつ」
「ちょうどいいかも。補陀落渡海とかお不動さんと海との関係とか、SNSで調べてもらお」
土屋が小走りで爽花のほうに走りよる。
涼一もしぶしぶついて行った。
追いつくと、爽花といっしょにいた少女二人がこちらの顔をまじまじと見る。
なぜか頬が赤い気がするが暑気のせいか。
「さやりん、何か都合悪かった?」
土屋が少し身をかがめて話しかける。
「つつ都合悪いのはそっちじゃん。わわわわたしおじゃま虫とか言われたくないし、ふふ二人で海を楽しんでっ」
「何なのおまえ、顔まっか」
涼一はついつい横から口をはさんだ。
「あたりまえじゃん! 二人で海のコテージにお泊まりとか、ロマンチックな熱い夜って感じじゃん! オトナの熱帯夜とか想像しちゃうの!」
爽花が声を上げる。
「海より内陸のほうが熱帯夜だろ」
涼一は答えた。
「ていうか時間あったらでいいんだけど、調べものって頼める?」
土屋が爽花のわけのわからんセリフを丸っきり無視で話を切りだした。




