危難၈海၈まぼㄋ㇟ 二
服をいくつかと下着、ついでにビーチサンダルと少々の飲みものを買い、店を出る。
自動ドアが閉まる瞬間、店内に流れていたあかるい雰囲気のテーマソングが、急に暗い男性の声に変わった気がして涼一はふりむいた。
「ん? なに」
両手にビニール袋を持った土屋が、同じようにふりむく。
「店の音楽、いま急に変わんなかった?」
涼一は自動ドアのガラス越しに店内をながめた。
「そら同じのばっか流してないでしょ。有線放送かなにかに変わったんでないの?」
土屋が答える。
「いきなり暗っらーいお経みたいなのに切り替わった気がしたんだけどな」
「どういうの? ゆうべのナントカかんのん?」
土屋がドアマットを踏み、自動ドアを開ける。
入店時からずっと聞こえていた女性ボーカルのあかるいテーマソングが聞こえた。
「ひろいー地球のーまんなかのーしゃれーたセンスのママ、ママ、ママ通るー」
「歌うな」
あらためて聞くとずいぶん昭和っぽいテーマソングだなと思う。
「さっきと変わんないけど」
「そか」
涼一はそう返事をした。
気のせいかと思いながら、なにげに足元を見る。
ボロボロの法衣のような服の裾とはだしの足が、スッと自身のまえに歩みよった。
涼一は、目を見開いた。顔を上げる。
店内をガラス越しにながめる土屋が目に入った。
土屋がこちらをふりむく。
「ん、なに」
「いやいま……ボロボロの法衣と足がなかった?」
涼一は目だけを動かして自身のまわりを見た。
手近な場所には、土屋しかいない。
土屋が周辺をぐるりと見回す。
店の外の駐車場のほうまでながめた。
「法衣って、お坊さんとかの服?」
土屋が問う。
「木蘭色のやつだ。茶色の袈裟もついてた」
「木蘭色ってどんなの」
店の外をゆっくりと見回しながら土屋がそう尋ねる。
「んと……黄土色に近いかな」
土屋がハーフパンツのポケットからスマホを取りだす。
何かを検索してこちらに画面を向けた。
木蘭色に茶色の袈裟をかけた僧侶のイメージ画像のようなものが表示されている。
「こんな?」
「ああ、こういう感じ。もっと足の肌の血色悪かったけど」
「お坊さんか。ゆうべ来てたのも怖い顔のお坊さんだったらしいし、つきまとってんのかな」
土屋がそうつぶやいてスマホをポケットにしまう。
「貸家のおばさん幽霊がたこ焼き食わそうとしたやつか」
駐車場に停めた車のほうに向かう。
こんどはどちらが運転するかじゃんけんしようとしたが、土屋が「いい」というふうに手を振る。
後部座席に買いもの袋を放りこんでから運転席に乗りこんだ。
「お坊さんがランダムに目のまえに出るんじゃ、気ぃとられて事故るかもしれんし」
土屋がそう言いシートベルトをしめる。
「悪り」
涼一もシートベルトをしめた。
「坊さん多い地域なんかな。さっきもお団子の横にいたよな」
涼一はそうつづけた。
シートベルトをカチッとバックルにはめフロントガラスを見ると、土屋が怪訝そうにこちらを見ているのに気づく。
「なに」
「ちょーまて、鏡谷くん。お団子って、さやりん?」
土屋が眉をよせる。
「さっきいたろ。あいつが坂の上からこっち見てたとき」
「何でそういうのはやくお兄さんに言わないの。も、そこからじゃん」
土屋があきれた声を出す。
「学年いっしょな」
「まあ行員さんからは何の指示もないし、帰ろうにも通行止めだし、もうゆるゆる海を楽しみつつ対処するしかないんだけどさ」
土屋がハンドルわきに差しこんだキーをまわしエンジンをかける。
「つぎはどこ行く」
「あーメシ食わね?」
涼一はサイドウィンドウから外をながめた。
車内のデジタル時計は、午後一時十五分。
昼ごはん時のピークがすぎて、そろそろどの店も空いてくるころだろう。
「あるのかな、この辺」
土屋が辺りを見渡した。
「ラーメン屋くらいならありそう」
涼一はグローブボックスに置いたスマホを取りだした。
周辺の飲食店を検索する。
「居酒屋あるな。夜もここ来る?」
涼一はマップをスクロールした。
「酒そこまで飲まんし」
土屋がハンドルを握りながら返す。
「俺もあんま。缶チューハイとツマミだけでいいって感じ」
涼一はスマホの画面をスクロールした。
おたがいにそれほど飲まないのは、ふだんの様子で何となく分かる。ムダな会話したと思いながら検索をつづける。
「ここから西のほうに入った道沿いにけっこう飲食店ならんでる。――どこから入んだ、これ」
顔を上げて周辺の建物をながめる。
「あの二階に喫茶店みたいのあるとこか?」
「喫茶店――どれ」
土屋が目をすがめて前方を見る。
「あの昭和っぽい建物。窓にレースのカーテンあって」
スニーカーを履いた足首に、パシャッと水がかかった気がした。
不審に思い足元を見る。
助手席の足元に、ちょろちょろと水が流れてきた。




