まだ静ヵな海 四
長い坂を降り、砂浜のほうに出る。
潮のにおいのする風が、サアッと吹きつける。部屋着のタンクトップがなびいた。
「はー海」
歩くたびに砂にずぶずぶと足が埋もれる。スニーカーでいいだろうと思い履いてきたが、やはり砂浜はビーチサンダルが最適なのか。
涼一は波のギリギリ届かない場所にしゃがんだ。
「いまの時期って、潮干狩りとかかあ?」
指先でかりかりと砂をかいてみた。
「海水浴よりまえでしょ、それ」
土屋がハーフパンツのポケットに手を入れて水平線のほうを見回す。
「このあたり、服売ってるとこあるかな。鏡谷くんの服、三日間借りっぱなしも悪いし、下着ほしいし」
「あー服か」
涼一もおなじように海を見回した。
とつぜんのお泊まりなのでしかたない。サイズがほぼ変わらないのはさいわいだった。
「近所の雑貨屋さんって、下着くらいなかったの?」
「お菓子とか洗剤とか、日用品って感じ。コンビニほどの品ぞろえはなかったな」
「冷凍食品、どこで買ってきたの」
「五キロくらいさきのコンビニ。スーパーとかもありそうな雰囲気だったけど」
土屋が答える。
「いったん帰ってサイフ持って車で出かけっかあ」
涼一は気だるく提案した。
「んだね」
土屋がそう答えて、さきほど歩いてきた坂の上を見上げる。
「さやりん、まだいる」
「んあ?」
涼一はしゃがんだ体勢のまま足の位置を少しずらして、坂の上を見上げた。
さきほどのオーバーサイズのだぼだぼTシャツに、黒いキュロットスカートのお団子が坂の上の松の木のかげからのぞいている。
こちらが見ているのに気づくと、手にしていたスマホをサッと引っこめた。
「何してんの、あいつ」
涼一は怪訝な顔になりつぶやいた。
「綾子さんの旦那さんの車ってどこだ」
「あー、あれかな? 向こうにある白いワンボックス」
土屋が坂の上の道をながめる。
「はよ乗ったらいいのに何やってんだか。いちいち意味分かんねえやつ」
「海撮ってんのかな」
土屋が背後の海をふりむく。
爽花の横。
こちらに手を合わせて、祈っている僧侶がいた。
いつの間に爽花の横にきたのか気づかなかったが、木蘭色の法衣が青空に映える。
法衣は宗派によって色分けがことなるので僧侶の階級はよく分からないが。
震災の津波のあった場で、雪のなか祈っていた僧侶の写真を涼一は何となく思い出した。
海に向かって祈っているのか。
涼一は海のほうをふりむいた。
一軒家のほうにいったんもどり、土屋と車で出直す。
五キロほど西のほうに行くと、ドラッグストアやコンビニのある地元のちょっとした繁華街にさしかかった。
「スーパーってか、ドラッグストアならTシャツくらいありそ」
涼一は助手席のサイドウィンドウから街をながめた。
車もそこそこ通っている。
遠くに見える大きな建物は、病院だろうか。
「俺らがきた国道からは、――直角に海に沿う方向来た感じ?」
通行止めの橋梁のほうを涼一は指さした。
「地図上だとざっくりそんな感じかな」
運転席の土屋が答える。
「なのにこっちの被害はゼロってか……」
涼一はスマホの画面を見つめた。
ここに来る途中スマホで通行止めの情報をあちこちハシゴしたが、原因は高波によるものとされていた。
「内陸に近い橋が高波でやられて、海のすぐ近くの繁華街が被害ゼロってあるのか?」
「まあ河って、海から流れる水がいきなりせまいところに押しこまれるわけだからね。海で起こった波が倍々になるって理屈はあったと思うけど――くわしくないけど」
土屋が答える。
「ああ、そういや津波とかそんな理屈聞いた気が」
涼一は答えた。
「何にしろ、通行止めが霊的なものだとしても行員さんのしわざじゃなさそ」
涼一はつぶやいた。
「……そなの?」
土屋がハンドルを握りながら目を丸くする。
「行員さんのやることにしては何か不気味っぽい」
車のエンジン音が車内に響く。
しばらく沈黙してから土屋が口を開いた。
「……お使いさんの頭部かかえて “落としましたよ” って不気味じゃないの?」
「行員さんの場合、何かそこにハートマークかピースが入る雰囲気があるっていうか、タイトスカートから生足チラ見せとかのサービスがさりげにはさまれるっていうか」
ふたたび土屋が沈黙する。
「……まあ、お使いさんがそう言うなら。何か知らんけど行員さんとタマシイ的なつながりでもあるんでしょ」
「俺もよく分からんけど、言語化するとそういう感じなんだよな……」
涼一はフロントガラスの外をながめた。




