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倶利伽羅怪談 ㇰリヵㇻ ヵィダン 〜社畜バディと奔放JKの怪異対応処理〜  作者: 路明(ロア)
【第唔話】補陀落怪談 ㇷダㇻㇰ ヵィダン

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178/202

月၈੭ੇᑐᵹ海 四


「しゅーそーしょーどくやく しょーよくがいしんしゃー ねんぴーかんのんりき げんじゃくおーほんにん、わくぐうあくらーせつ どくりゅうしょーきーとう ねんぴーかんのんりき じーしつぷーかんがい」

 

 ユーチューブの音声かと思ったが、外から聞こえてくるように感じる。

 涼一(りょういち)は窓のほうを見た。


 

 窓がない。



「え」

 立ち上がり窓のあったあたりを手さぐりでさぐるが、どこまでも木製の壁しか手に触れてこない。

「は? うそ」

 両手で壁のあちらこちらをパンパンとたたいてみるが、窓枠もカーテンもいっさいない。

「おい」

「にゃくあくじゅういーにょう りーげーそうかーふー ねんぴーかんのんりき しっそうむーへんぽう」

「ちょっ、なんで……」


 幻覚か何かだ。

 あるいは行員のしわざ、それとも行員が忠告しにきた何かが起こったか。


 建物内が、いやにせまく感じる。


 ふしぎの国のアリス症候群というネットで知った病名が浮かんだが。

「……いやちがうよな」

 そんな症状に心あたりはない。涼一は眉をよせた。

 自身の座っていたソファとそのまえのテーブルが目に入る。

 タラコパスタを食べたあとの空っぽの皿が、いやに不安をかきたてた。



 すこしずつ食べるべきだったか。

 いくらか残しておくべきではなかったか。



 何でそんなことを思うんだ。

 そこすらも分からない。

「うんらいくーせいでん ごうばくじゅーだいうー ねんぴーかんのんりき おうじーとくしょうさん、しゅーじょうひーこんにゃく むーりょうくーひつしん かんのんみょうちーりき のうくーせーけんくー」

 お経だろうか。

 自分はたぶん聞いたことのない経だと思う。

 だんだん大きくなっている気がする。


「まじ何だこれ」


 涼一は窓も出入口もない壁を両手でさぐりつづけた。

「しんかんしょうじょうかん こうだいちーえーかん ひーかんぎゅうじーかん じょうがんじょうせんごう むーくーしょうじょうこう えーにちはーしょーあん のうぶくさいふうかー ふーみょうしょうせーけん」


 出入口がないのがおそろしく不安に感じる。

 波の音が、さきほどよりだんだん大きく感じられてきた。

 足元がグラグラとゆれている気がする。

 酔いそうだ。気持ち悪い。 

 涼一は必死で壁をさぐりつづけた。


 

 頭上から、なにか細かいものが降ってきた。



 足元の床にパラパラと落ちる。

 古めかしい木製に見えていた床が、さきほどまで見ていたおしゃれなフローリングの床にもどる。

 グラグラとゆれていた床がピタリと水平にもどり、涼一は反動でよろめいた。

「うゎ……わ」

 目の前にとつぜんあらわれたベージュのカーテンをとっさにつかんでしがみつく。

 窓は目のまえにあった。

 なぜこれが質素な木の壁に見えていたのか。

 


鏡谷(かがみや)!」



 土屋が早足でロフトの階段を降りてくる。

 手には、さきほどまくら元に置いていた塩の袋。

 毎度のことながら、さっき降ってきた細かいのは塩か。


「なんか起こってんのか?」

「いや……とりあえずおさまった。船酔いと空腹感で気持ち悪いけど」


 涼一はつかんだカーテンで体をささえるようにして中腰になった。

「カーテンレール壊れるっしょ。気分悪いならソファか床にごろんすれば?」

 土屋が背中を軽くたたく。ややしてから、そのまま背中をさすりはじめた。

「もしかしてゲーッといく?」

「……さすられるほうが吐き気増す気がする」

 涼一は答えてその場にしゃがんだ。壁に背中をつけて、ふぅ、と息を吐く。

 土屋がテーブルを見る。

「夜食食った直後に空腹感とか、厄介な怪異だな」

「パスタもらった」

 涼一はそう返した。 

「それはいいけどさ。どうせいくつかは食われるかもと思って多めに買ってきたんだけどさ」

 社内ではおなじ部署内で冷蔵庫を共有しているので、そういうのはまあおたがいに慣れている。

 どうしても食われたくないものは自分の名前を書いておくのがルールだ。


「変なお経が聞こえてたな」

 涼一はもういちど息を吐いた。


「どんな。鏡谷くんでも聞いたことないやつ?」

「不動尊で唱えてるやつじゃないな。“ねんぴーかんのん” って言葉だけ、子供のころに二、三回聞いたような聞かないような気ぃするけど」

 土屋が、自身が寝ていたロフトを見上げる。

「スマホ使うなら俺のあるけど」

 涼一は、ユーチューブの怪談話を表示したままのスマホを指さした。

 そういえば怪異の最中、怪談話は聞こえていなかった気がする。ひたすら波の音が大きくなっていた。

 涼一は、(ひざ)でテーブルに近づきスマホを手にとった。

 うろ覚えの言葉で検索してみる。

「何か手がかりあった?」

 土屋がその場にしゃがんで問う。



「……正確には “ねんぴーかんのんりき” か。観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の経だとよ」



「観世音菩薩と観音菩薩(かんのんぼさつ)っておなじ?」

 土屋が尋ねる。

「おなじってAIさんが言ってる」

 涼一は答えた。

補陀落渡海(ふだらくとかい)のお問い合わせが行員さん通じてこっちに来た感じ?」

 涼一は、もういちどハァと息をついた。





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