月၈੭ੇᑐᵹ海 三
波の音が聞こえる。
ほんとにひっきりなしに聞こえてるもんだなとあたりまえすぎる感想を持ちながら、涼一はレンジでチンしたイカ入りのタラコパスタを口に運んだ。
リビングにはテレビも設置されていたが、ふだん見ないのでつけていない。
さきほど一回だけ試しにつけたが、わけわからんつまらん内容なのですぐに消した。
テーブルの上にスマホを置きユーチューブを見ているが、怪談話のループ配信がとりあえず操作する手間がなくていい。
「──いいですよって言っておみくじを見たら、おみくじには “水死か圧死” と書いてある。わたしはこのまま伝えようかウソの内容を言おうか迷いました」
女の子のキャラが延々と森を歩いていく画像がループで続き、音声読み上げソフトが怪談話を語る。
「ふと境内を見ると、なぜか大勢の人たちが集まってみんなクスクスとかハハハハとか笑っている。──起きてから気づきました。たしか笑う夢って逆の意味で、不幸を暗示するって聞いたことがあるって」
涼一はイカ入りタラコパスタを口にした。
「──あんな大勢の人たちがいっせいに不幸な目に遭うのかって思いましたけど、ふつうなら考えられません。わたしはただの夢だと思いました」
ここに来る途中でまとめ買いしてきた缶コーヒーを飲む。
「──この半年後にあったのが東日本大震災でした」
ああ、と思いながら涼一はタラコパスタを箸でつまんだ。
海にお気をつけてと言われながら波の音を聞いてるいまの状況にはタイムリーな話すぎて、これも行員のしわざかと勘ぐってしまいそうになる。
タラコパスタを口にする。
地元はいちおう東日本大震災の被災地といえば被災地なんだが、ガチの県にくらべたら被害はなかった。
ただ学校から帰る途中、いくつもの県の消防車が列をなして東北のほうに向かっているのを延々二、三十分見送ったのは強烈に印象に残ってる。
すこしの沈黙のあと、つぎの怪談話に切り替わる。
「──人が亡くなるとき、事前に妙な空気が流れんの知らん? お寺や神社とおなじような空気なんだけど。あれ霊界の空気なのかな。霊界の扉が開いて漏れ出てるみたいな? 知らんけど」
女の子キャラは延々と森を歩いている。
涼一は缶コーヒーを飲んだ。
「亡くなる人が一人だと、その空気が流れるのは数秒間くらい。五人とか六、七人くらいだと数分くらい。──これが災害なんかで四、五十人だと、何日かまえに二日間くらい流れてるかな。このくらいの規模だと他県にいても分かる。近県ならだけど──まえにとある災害で死者は十五人って報道されたけど、そのときはぜんぜんこの空気感じなかったから、誤報じゃないかと思ってたら案の定だった。
じっさいは死者はゼロ」
タラコパスタを口にする。
「──ちなみに東日本の震災のときは、前年の夏にこの空気が三週間くらい流れっぱなしだった。さすがに自分の頭おかしくなったのかと思った」
波の音が耳に入る。
何で二つつづけて海関係の話なんだ。やっぱ行員が仕組んでねえかとユーチューブ画面の女の子キャラを凝視する。
そのうち制服姿のOLキャラに変わらないだろうななどと思い目をすがめる。
タラコパスタを食べ終わり、ソファの背もたれに背をあずけて天井を見上げた。
おしゃれだがガッシリとした太い梁が目に入る。
ほどよくコンパクトな建物内を見回し、ふと箱の中を連想した。
昼間に土屋とAIの解説で聞いた補陀落渡海を思い出す。
いろいろ闇深な話も付随しているようだが、まとめると死後に観音浄土に生まれ変わるための生きたままの水葬というのが本来らしい。
ここよりもっとせまい屋形のなかで、そんなもん信じて死に逝けるものかと思うと自分には狂気に思える。
壁と天井が少しずつ自身のほうに迫って、出口のない箱型の建造物に閉じこめられているように錯覚した。
「あ、やべ」
涼一はつぶやいた。
深夜に一人でこんなこと考えてると、ムダに共感して精神的にどっぷり持っていかれかねない。
ほかのことを考えようとムリヤリ正反対の事象を脳内でさがした。
行員さんの水着姿。
ハイビスカスのビキニの水着。
白でもいい。白いビキニ。
巨乳のビキニ姿。
いや、美少年はいらんっての。
美少年の水着姿とか誰得だよ。いや得する層はいるか。そっち行け。
なぜか不動明王の本性のいかつい姿が想像に割りこんだ。
ちょっ、待て。不動明王の本性で水着姿はやめろっての。
やめろその姿でハイビスカスのビキニつけんな。大日如来になっても拒否する。俺の煩悩を破壊する気か。
「けーしーこうがいいー すいらくだいかーきょう ねんぴーかんのんりき かーきょうへんじょうち、わくひょうるーこーかい りゅうぎょーしょーきーなん ねんぴーかんのんりき はーろうふーのうもつ」
ずっと聞こえていた波の音に、低くうめくような音声が混じった気がして涼一は周囲を見回した。




