月၈੭ੇᑐᵹ海 二
奥にあるクローゼットを開ける。
敷き布団や掛け布団、毛布やらがぎっちりと詰めこまれていた。
「何人泊まんの想定してんだ? ここ」
「ファミリー向けのつもりだったんじゃないの? 不動産屋さんとしては」
涼一の疑問に、土屋が横で答える。
クローゼットの横からのびる階段の上のロフトを見上げた。
「ロフトは一ヵ所だけか」
「一ヵ所とはいえわりと広いけどね。さいしょはご夫婦で泊まる想定の家だったからなんだろうけど」
「ロフトとソファか? だいぶ落差あるけどしゃあないか」
涼一はこぶしを作って軽く振った。
寝る場所をじゃんけんで決めようという合図だ。
「んだな。できれば寝るたびじゃんけんにして。三日間ソファはちょっとつらい」
「よし」
二人で顔を見合わせてこぶしを振る。
「じゃんけん……」
「あらあらまあまあ」
「お二人でロフト使ったらいいんでないんですか?」
背後からとうとつに声がはさまれる。涼一はふりむいた。
「うわああっ!」
そろって立っていた老夫婦の幽霊の、逆光になった顔におどろいて後ずさる。
「おつかれさまでーす」
土屋がにこやかにあいさつした。
自分が気絶してるあいだにどんだけ交流深めたんだこいつ。涼一は眉をよせた。
「わたしらと子供が寝られるように作ったから、お二人で使っても充分広いと思いますけど」
「あらあらまあまあ。お友だち同士でしょ? お二人でつかったら?」
老夫人の幽霊がにこやかにそう勧める。
「ロフトの天井に小さい窓つけてましてな。水平線と星空見えていいですよお」
老夫婦の夫がロフトを指さす。
「どうする」という感じで涼一は土屋と目を合わせた。
一人で三日間ボーッとすごすという予定がくずれまくっているが、ここまでくるともはや修正する気力もない。
「あらあらまあまあ、そうしなさいよ。修学旅行みたいで楽しいでしょお?」
老夫人がさらに勧める。
社畜が三日間だけ脳ミソ空っぽにしてすごそうとしていた予定が、神仏と幽霊夫婦にいつの間にか修学旅行にされてる。
何だこりゃ。
涼一は眉をよせた。
「まあ……行員さんが不穏なこと伝えに来た以上、たしかに鏡谷くん一人にすると何起こるか分からんってのはあるんだな」
土屋が海の方向を見て言う。
「海にお気をつけくださいだっけ、言ってたの」
土屋がクローゼットからまくらを引きずり出す。
「まくらもとに塩置いていっしょに寝っか、鏡谷くん」
クローゼットの横からのびる階段上のロフトにふとんを運びこみ、ロフト内を見回す。
木目調でガッチリとした作りの床と柱。
先ほどまでいたソファの置かれたリビングのエリアが下に見えて、ふだん自分のアパートではない景色にすこしワクワクくる。
天井と壁のあいだの斜めになった作りの箇所に小さな窓があった。
これが老夫婦の夫が言ってた窓か。
なるほど立ってると水平線と空がいっしょに見える。
寝転んだときに星空をながめる目的でここに取りつけたのかもしれないが、どちらのながめも悪くはない。
さきほどもリビングの窓から月が見えていたが、きょうは満月にかなりちかい明るい月だ。
白銀の月が海にくっきりと映って、二つの月が浮かぶ非現実的な世界に見える。
「そういや子供んときロフトって憧れたかな。秘密基地みたいな感覚ってか」
土屋が同じようにロフト内を見回した。
「俺も。考えてみりゃロフトつきのアパートってあるのに何でアパート選ぶときは忘れてたんだろ」
「大人になったからとか?」
土屋が敷き布団のはしにまくらを放り投げるようにして置く。
両手で毛布を持ち、ごろんと横になった。
「寝心地も悪くないか。俺もう寝るわ。夜中か朝に風呂使っていい?」
そう言い、こんどはごろんと背中を向ける。
「え? おう」
涼一はそう返事をした。
ロフトの下のリビングのエリアにかけてあるアナログ時計は、夜の十一時半。
もうちょい雑談して夜食でも食べてダラダラ過ごすことになるのかと思ったが、考えてみりゃここまで運転させられたあげくに気絶した人間のめんどう見させられたんだ、一眠りくらいしたいとこか。
「行員さんが水着で来たら起こして」
土屋が背中を向けたままで言う。
「その他のコスプレで来たらどうすんだ」
「それでも起こして」
「おう」
涼一はそう返事をした。
あとは一人で下に降りてダラダラ夜食でも食うか。
思いがけず一人でボーッと過ごせる時間ができた。
涼一はゆっくりと立ち上がり前髪をかき上げた。
なに食お。
土屋が冷凍食品のパスタ買ってきてたような。せっかく海だしイカ入りのタラコパスタもらうか。
「おまえ買ってきたパスタ一個もらっていい?」
「おー」
土屋が背中を向けたまま答える。
波の音が昼間より大きく聞こえる。
低い声でなにかを唱えるような音がときおり混じっている気がしたが、気のせいだろうと思った。




