海၈みɀʓ事故物件 二
「さっすが鏡谷くん。いきなり霊現象にクリーンヒットするとか」
「やかまし。おまえもいっしょに遭ってんだろが」
涼一はあらためて建物内に入り三和土で靴を脱いだ。
外観が海外ふうなので屋内で靴を履いてすごすようなつくりだったらどうしようかと思ったが、さいわいそのあたりは日本風だ。
「おじゃましまーす」
土屋がとうぜんのように靴を脱いで屋内に入る。
「ペプシならねえぞ」
涼一はそう返した。
「周辺、食料品買うとこあんの? 車ないとキツくね?」
「生活道路十分くらい歩くとちっさいスーパーとか雑貨屋さんとかあるんだとよ」
涼一は答えた。
とりあえず玄関を入ってすぐに広がるロビー兼リビングに置かれたソファに座る。
頭をそらして天井を見た。
おしゃれに組まれた梁と、ゆうゆうと寝られそうな広いロフトが目に入る。
「ここで三日間なんも食わないで、ぐで〜っとしててもいいし」
「なにその退廃的なの」
土屋がテーブル向かいのソファに座って苦笑する。
「ん」
そう声をかけて土屋が何かを放り投げてきた。
「ん?」
涼一はキャッチしようとしたが、タイミングがずれて投げつけられたものがどこかに落ちる。
「んー」
どこに落ちたかと思い周囲を見回す。
「ん」
土屋が膝の上を指さした。
「ん……」
何を投げたのかと思えば、まんじゅうだ。手にとり包んであるビニールのロゴを見ると、地元の有名菓子店でつくっている栗入りのまんじゅうだ。
「食えって?」
「霊園でご先祖といっしょに食ってこようと思ったんだけど、食いそびれたからいま食お」
土屋がカサカサとまんじゅうを包んだビニールを開く。
さいきんは霊園にお供えものを置きっぱなしにすると衛生的な問題やら野生動物が食いにくるとかの問題で、「ご先祖といっしょに食べてきましょう」とか呼びかけてるんだったか。
呼びかけ自体はしゃれてて嫌いじゃないが。
「こんな遠方まで持ってきて俺が食ったら、おまえの先祖から食いもんの恨みで呪われね?」
「いったん墓石んとこに供えたからオッケーじゃないの?」
土屋がまんじゅうをもぐもぐ咀嚼しながら応える。
「いったんってどんくらい」
「二、三分くらい?」
土屋が答える。
「いっぺん供えたもの食って、味がなかったら気を持ってったってことなんだとかいうけど」
「不動尊で供えたメシなんべんも食ったことあるけど、ふつうの味だったぞ」
涼一もカサカサとビニールのつつみを開く。
「あの供えたやつって冷凍して保存食にしとくってほんと?」
「ほんと」
涼一は答えた。
「東日本の震災のとき、帰宅困難者に本堂開放して保存メシおかゆにして出した寺あったろ」
「あんま覚えてないな。あんときって何してたっけ」
「学校いたんじゃね?」
涼一はもぐもぐとまんじゅうを咀嚼した。
「やっぱ飲みものほしい」
まんじゅうを咀嚼しながらソファから立つ。
一角にあるキッチンのエリアのほうへのろのろと移動する。
冷蔵庫を開けた。
飲みものはここにつく途中でペットボトルを数本ほど買った。
「んー」
二リットルのウーロン茶のペットボトルを取りだし、戸棚をさぐってコップかコーヒーカップをさがす。
「俺も俺も、鏡谷くん」
土屋が声を張る。
「んー」
テンションのさがった「んー」を返し、コーヒーカップを二つ取りだした。
「二リットルペットボトルにそのまま口つけて豪快に飲むのかと思った」
土屋が二個目のまんじゅうのビニールを外している。いくつ持ってたんだ。
「何かそういうの、むかし雑菌が増える様子とか理科の授業んときに見せられてムリになった」
「いつ見たっけ? おなじクラスんとき?」
「ちがうクラスんときじゃねえの?」
涼一は二リットルのペットボトルとコーヒーカップ二個を手にソファに戻った。
「お兄さんたち、お兄さんたち」
キッチンの窓から声がする。
涼一はギョッと目を剥いた。
キッチンの天井ちかくの採光用の高窓から、さきほどの老夫婦がのぞいている。
「は?!」
高さにして三メートル近い。
外の足場もないところで立てる場所ではない。やはり幽霊ってのは確定か。
「あ、おじゃましてまーす」
土屋が落ちつきはらってそう返し、まんじゅうをかじる。
「なに馴染んでんの?! おまえ」
「まあ身元はしっかりした方々だし」
土屋が答える。
「お兄さんたちにお客さん。お偉いかたみたいだから通しておいたけど」
「お兄さんら、すごいかたが訪ねてくるんだねえ」
「あ?」
何のこっちゃと思いながら、涼一はコーヒーカップをテーブルの上に二つ並べてウーロン茶をそそぎはじめた。
「こんにちは」
涼一が座った三人がけのソファのはしから、かわいらしい女性の声がする。
ウーロン茶をそそいでいた手を止めて、涼一は横を向いた。
いつものごとくどこかの企業の制服を着た行員さんこと霊池が行儀よく座っていた。




