海၈みɀʓ事故物件 一
市内の海に面した地域というだけなのだが、それでも海にちかづいてくると潮の匂いがして、環境がだいぶちがうと感じる。
「いいなあ。俺もこういうとこ借りるとかいっぺんやってみるかな」
海岸線に沿った道路を運転しながら土屋が言う。
「旅行とかあんま好きなほうでもないんだけどな。営業の付き合いで、めっちゃ安くするからって言われてさ。――んでもたまにはいいかって」
開けたサイドウィンドウから入る潮風に吹かれ、涼一もそう返した。
「安いってどんくらい」
「二泊三日でこんくらい」
涼一は値段を指で示した。
「安すぎ。事故物件とかではないの?」
「事故物件」
涼一は答えた。
「まじか」
土屋が笑いだす。
「まあこっちも幽霊ぜんぜん気にしないし」
「気にしないっていうか、気にしてもしょうがないっていうか」
土屋が苦笑する。
「何かあったら呼んで。幽霊対応しながらバーベキューやろ」
「ゆっくりのんびりする予定なんだよ俺は」
涼一はそう返した。
海岸線に沿っているとはいえ、いったん木々の生い茂った山道のようなところに入る。
木々の合間からときおり海が遠くに見えるのを確認しつつカーナビにしたがって車を走らせると、せまい生活道路のようなところにさしかかった。
「こっちでいいの?」
「ナビはそう言ってる」
涼一は答えた。
「信頼率どんくらい」
ハンドルをにぎりながら土屋が問う。
涼一は口ごもった。
カーナビに関しては、二度ほど信頼できない状況に遭っている。
霊現象に巻きこまれると、カーナビはわりとまっさきに霊に乗っとられるものだと新紙幣のときに学んだ。
「んでもいま怪現象に遭ってねえし」
「向かってんの事故物件なんでしょ?」
土屋がそう返す。
「怪現象の発生地に飛びこんで行ってるのに、怪現象に遭ってねえも何もないもんだ」
「うるせえよ。ヤならここで降ろせ」
涼一は毒づいた。
「あれかな?」
土屋がフロントガラスの向こうを見つめて言う。
木々のあいだに、こぢんまりとした白い平屋の建物が見える。
三角屋根に、玄関前のポーチ。芝生の庭。
おしゃれな貸しコテージという感じだ。
「一人でのんびりするには、わりといい感じだな。もと別荘っていうから、もっとデカくて持てあますような建物想像してた」
「もと別荘なんだ」
土屋がそう応じる。
「椀間市で会社経営してた夫婦がバブルのころに建てたんだとよ。その後その夫婦があいついで亡くなって、維持費もかかるんで息子が売りに出したみたいな?」
涼一は不動産屋から聞いたことをかんたんに説明した。
「んじゃ、ここで亡くなったわけじゃないんだ。事故物件あつかいになるのかなそれ」
「建てた夫婦の幽霊が出るんだとよ」
「ああ……そういう」
別荘の敷地内と思われる芝生の上に車を乗り入れる。土屋が玄関前のてきとうな場所に停車させた。
「おーいい感じ」
そう言い、運転席のドアを開けて車から降りる。
涼一は不動産屋からあずかった鍵を持ってきたスポーツバッグから出し、助手席から降りた。
土屋が勝手にポーチの階段を登り、ガラス窓から建物のなかをのぞく。
「家財道具だいたいそろってんじゃん。最低限のものだけ持ってくればいい感じ?」
「家具とかは建てた夫婦が置いてたものだけど、台所用品なんかは不動産で買いそろえたものもあるんだとさ」
「へー」
土屋がこちらを見る。
「はやく開けて」という感じだ。どっちが借りたところだと思ってんだ。
涼一が玄関ドアの鍵を開けようとすると、さきに中からドアが開いた。
「お、いらっしゃい」
年配の男性が、ぞうきんをかけたバケツを持ってあらわれる。
「おーい、いらしたよ」
屋内をふりむき、声を張る。
「あらあらあらあらまあまあ、いらっしゃい」
ふっくらとした品のよさそうな年配女性が顔を出した。
「お友だちと二人で。あらあらまあまあ」
涼一は鼻白んだが、ここの掃除にきた不動産の関係者だろうと思った。
「いえ、借りたのは俺一人で。こいつは車に乗せてもらっただけで」
涼一は土屋を親指で指さした。
「あらあらまあまあ」
年配女性がニコニコとほほえむ。
「お二人で使ってもよろしいんですよ」
「いえ俺一人なんで」
「ここ緑も豊かだし海も見えて、景色いいでしょう」
年配男性が気持ちよさそうに言う。
「あ、そうすね」
涼一は海のほうをふりむいた。
生い茂った木々と青い水平線。たしかにふだんのコセコセした生活も忘れてのんびりできそうな景色だ。
「申し遅れました。私たち、ここのもとの持ち主でして」
「楽しんでくださいね」
涼一はふりむいたまま固まった。




