雑居状態၈家 三
目が覚める。
洋風の部屋の天井についたシーリングライトが目に入る。
寝ていたのだろうかと涼一は見当をつけた。
あわいクリーム色のかけ布団をめくって、気だるく起き上がる。
おっそろしく気持ちの悪い夢を見ていたが、夢かとホッとした。
鉄分とタンパク質のいやな匂いが鼻腔のあたりに残っているように錯覚する。
シーリングライトが室内を照らしているところを見ると、まだ夜か。
銀行の駐車場で自身の頭をスイカのようにかかえた女性行員に遭って、なぜか血洗島とかいう土地にいたところから夢だと思いたかったが、あいにくここは知らない部屋、寝かされていたのは自分のものではない布団。
病院で遭った話のテンポの合わん女子高生と、その同居人の叔母とやらはたぶん現実だろう。
げんなりとする。
何だかヤバそうな状況なのは分かるが、どうしていいのかサッパリ分からん。
夢の余韻で、ひたすら気持ちが悪い。
ふとんの足元のほうにある出入口のドアが開く。
爽花が顔を出した。
「綾子ちゃーん、りょんりょん目ぇ覚ましたみたい」
廊下のほうに向けてそう言う。
三十代前半ほどの女性が顔を出す。ウェーブのかかったセミロングの髪、爽花に似ているといえば似ている顔立ち。
「大丈夫? 貧血とか?」
女性が問う。
「えと……」
涼一はとまどった。
さきほど見た顔とぜんぜん違う。
あの行員とはまるで似ていない。
なぜソックリに見えたのか。
「りょんりょんアイス食べる? 綾子ちゃん、お客さん来るからって買いもの袋いっぱいにアイス買ってきてさ」
爽花が言う。
「だぁって、お客さんがどんなアイス好きか分かんないでしょ?」
綾子がエヘッという感じに笑う。
笑い方の感じを見ていると、うちの会社の若手の女性社員と同年代くらいなのかと思うが、女性の場合そうとうなお歳でもおちゃめな笑い方をする人はいるからやはり実年齢はよく分からない。
涼一はとりあえず布団から出た。そそくさと使っていた布団を直す。
ベルトがとられてる。
見回すと、枕元に置かれていた。
たおれた人間を介抱するとしたら外すのが正解だと思うが、この家にいるうちのだれがとったんだと思う。
涼一は乱れた前髪をかきあげようとした。
相変わらず頭部が手に触れる感覚はない。
気を失うまえに自分の頭部に見えたあれは、アイスがめいっぱい入った買いもの袋だったということなのか。
「買いもの袋って……黒とか? それとも肌色と黒とか」
スラックスにベルトを通しながら涼一は問うた。もしその配色なら頭部と錯覚したのだけは納得できる。
「買いもの袋?」
爽花が廊下のほうを見た。台所の方向だろうか。
「わたしは持ち歩かないから綾子ちゃんの?」
いまどき買いもの袋を持ち歩かないのか。
買ったものをぜんぶ手でかかえて運ぶのか、それともいちいちビニール袋を買うのか。
「買いもの袋? いろいろ持ってるけど?」
綾子が答える。
「あー……えと。さきほどアイス入れてたやつです」
というか自身が玄関に出るまえに、爽花が「スイカ」と言っていなかっただろうか。
あれは何だ、幻聴か。
涼一は眉をよせた。
爽花と綾子が顔を見合わせる。
「ん? アイス入れっぱのまま冷凍庫に入れたけど? 白っていうか生成りの買いもの袋?」
爽花が答える。
生成りか。
あまり自分の頭部と勘違いしそうにない。
「さやちゃん、買いもの袋のまま入れちゃダメじゃん」
綾子があきれたように言いながらその場を立ち去る。
台所に行ったのか。
「んー、なんか面倒くさかったから」
爽花が答えた。
「叔母……綾子さんは、ふつうに見えてんの?」
涼一は問うた。
「ん? だれ? わたしのこと? りょんりょんのこと?」
女子高生なんて何て呼んでいいか分からない。
涼一は無言で爽花を指さした。
「さやちゃんとか、さやりんとかでいいよ」
爽花が言う。
呼べるか。涼一は顔をしかめた。
「……きみ。爽花さん」
そう言い直す。
「もうひと声。爽花ちゃん」
爽花がこちらを上目遣いで見る。
「爽花さん。――なんども言うようだけど、俺のことも鏡谷さんとかにしてくれる?」
「あ。この部屋、このままりょんりょん部屋ってことでいいからね。遠慮なくつかって」
爽花が室内を見回す。
「聞いてる?」
涼一は眉をよせた。




