初七日法要 九
人魂たちは、そろそろより集まってガイコツになる気力も失せてきたらしい。
駐車場の周囲の地面スレスレのあたりにポツリポツリとごく小さな姿をさらし、絶望のような混乱のような弱々しいうめき声を発している。
「せっかぐォ゙不動サまのお使ィいだのに……」
「ふたリが一組になってるべ」
「もう裁判ダメだ、地獄行ぎだ。おら地獄行ぎだ」
「ま、いまとなっちゃな。地獄だろうな」
涼一は運転席のシートから立ちつぶやいた。
「容赦ないな。鏡谷くん」
土屋が肩をゆらして苦笑いする。
「 “二人一組” って混乱してるやつらに、二本指立てて見せるおまえの根性ほうがなんか怖え」
倶利伽羅龍王が黒光りする肢体を大きく折りまげてこちらに頭部を向ける。
めいっぱい遊んだあとの犬猫のように満足した様子で小ぶりの姿になり、おとなしく倶利伽羅剣にからみはじめる。
同時に、空を覆うほど巨大な武装した仏があらわれた。
はげしく燃え立つ炎をまとった不動明王が、ガイコツたちよりはるかに巨大な姿で駐車場を見下ろしている。
ぎょろりと動く目が、睨まれている者たちからすればさぞかし恐怖だろう。
「でか……」
涼一はつぶやいた。
「きょうはいままでになく大きい気がするな」
土屋がスラックスのポケットに手を入れ、反り返るような格好で見上げている。
「怒りの大きさってか?」
「裁判の準備して四百年も待っててあげたのにだもんな。……推測だけど」
土屋が言う。
不動明王の背後の炎がはげしく燃え上がり、人魂たちはその炎に飲みこまれるようにシュッと吸いこまれた。
はるか上の天空から地面に向けて、グン、と巨大な焔が旋回し、不動明王が人魂を飲みこんだまま一瞬で消える。
あとには静かな山あいの駐車場と、その周辺の緑豊かな風景が何ごともなかったように広がっていた。
「あっけな……要望伝える暇もなかったな」
安心して高みの見物でもしようとしていた涼一は、運転席シートに腰かける間もなくポカンと宙をながめた。
手元を見ると、龍王のからんだ倶利伽羅剣はいつもの古美術の銅剣のような姿になっている。
「ご要望あったの?」
「そら、いいかげんお使い辞退させろっていう」
涼一は社用車の後部座席を開け、倶利伽羅剣を座席の足元に置いた。
「ねっ、ねっ、ねねね、どうなったの? 解決したの?」
爽花が助手席で上体をひねりこちらを見る。
「おまえ、あれは見えてないんだ」
涼一は尋ねた。
「んん?」
爽花が助手席のシートに手をかけ変顔をする。
「お不動さん、怒りの全員丸のみで強制連行してった」
涼一は答えた。
「丸のみ……」
「土屋、その車どこで借りたの」
涼一は、レンタカーに乗ろうとした土屋に声をかけた。
「S駅で新幹線降りてから、駅前の店舗で」
「んじゃ、いっしょに行くから、それ返したらこっち乗れ」
「分かった」
土屋がそう返事をしてレンタカーの運転席に乗りこむ。
「あ、途中から土屋さん乗るってことは、わたしうしろの席に乗ったほうがいい? 土屋さん、パートナーの席に座ってごめんねー」
「おまえはタクシーで帰れ」
運転席にすわり涼一は顔をしかめた。
「えーなんでぇ?!」
爽花のわめきを無視してシートベルトをしめる。
「さやりん」
土屋が助手席側のサイドウィンドウをノックする。
爽花が少しきょろきょろしてパワーウィンドウスイッチの場所をさがしたあと、見つけて窓を開ける。
「塩」
土屋がちいさなビニール袋に塩を入れて上部をくくったものを爽花に手渡した。
「もう要らねえだろうが。解決したんだから」
涼一はハンドルに手をかけて顔をしかめた。
「いやでもさっき渡すって言ってて渡しそこねてたから」
土屋が答える。
「土屋さあああん、りょんりょんが送ってくれないって言うよぅ」
爽花がサイドウィンドウ越しに土屋に泣きついた。
「病み上がりの人間になに泣きついてんだ」
涼一は顔をしかめた。
「んじゃこっち乗る? さやりん」
土屋が自身が乗ってきたレンタカーを指さす。
「ありがとう土屋さん、やさしいぃぃ」
「てなわけで、あれ返したあとは、さやりんとそっちに移るわ」
土屋が少しかがんでこちらにむけて言う。
「あほか。おんなじだろが」
涼一は眉をよせた。




