初七日法要 七
通話切ったんじゃねえかと思いだし、もういちど土屋のスマホにかける。
少し時間を置いてから土屋が出た。
「──はい、土屋。運転中だから通話ヤバいんだけど」
「それがどうした。こっちは戦闘中だ」
運転席のドアを盾にして倶利伽羅剣をかまえる。
龍王は、ひきつづき抵抗をつづける骨のカケラを噛み砕いては無数の人魂に還していた。
龍王が上空でグン、と体勢を変えるたびに涼一はバランスをとるように剣の角度を変える。
どうでもいいが龍王が大型の凧で、こっちが大型凧あげ師みたいだなとどうでもいいことに思いいたる。
こんなことをやるのに、はたして特定の人間である必要があるんだろうか。
やはり疑問だ。
「つかおまえ、いつICU出たの」
「三時間くらいまえ? ──あそこから新幹線に乗ってレンタカー借りてIインターにつく時間計算したら分かるじゃん」
土屋が答える。
自分がこちらの土地についたくらいの時間帯か。
もういちど来たことで、土屋のほうは解放されたということだろうか。
「レンタカー……」
「──車で地元からだと四時間くらいかかるっしょ」
土屋が答える。
「……俺は今回も前回も、五時起きして社用車で来た」
涼一はそう語った。
基本的には人がゴチャゴチャいる公共の乗りものはあまり好きではないため。
今回に関しては倶利伽羅剣を駅で持ち歩いて通報されたくないため。
「──まじか。おつかれさま」
「おー」
降りそそいでくる人魂を、涼一は運転席のドアの陰にかくれて避けた。
「ていうかおまえ、塩持ってる?」
涼一は尋ねた。
「──途中のスーパーで買った。どうせ用意してないでしょ、鏡谷くん」
「おけ」
涼一はそう返事をした。
さすがだ。よく分かってる。
「──警察いたらヤバいから通話切るけど」
「わあった」
スピーカー機能で話していればいちおう道交法違反にはならないが、それでも運転のさまたげになるくらい会話に気を取られていれば安全運転義務違反になると同じ営業課の先輩からまえに聞いた。
土屋が通話を切る。
「りょんりょーん!」
駐車場の横の斜面から、爽花が走ってくる。
「ちょっとごめん、なんかやばい」
こちらに駆けより、運転席のドアを盾にしている涼一を怪訝そうに見る。
「なにしてんの?」
「人魂避けてんだよ。おまえ塩は」
爽花が、自身の腕を交差させて頭上で大きなバツをつくる。
「バツって何だ、バツって。塩も置いてない家ってあるのか」
「だれも出てこないんだよぅ。さいしょ玄関からごめんくださーいって行って、何回呼んでもだれも出てこないから廊下のほうのガラス戸とか勝手口とかあちこち回ったんだけど」
さきほど終わった初七日法要のさいは、葬式のときほどではないとはいえ人がいた。
何か霊的に手を回されたとかなのかと推測してみる。
「となりの家とか百メートルくらい離れてるけど、それでもいちおう行ってみて、でも誰も出てこなくて返事もなくて、そしたら人魂がそのへんふわふわ飛んでるから怖くなって逃げてきたあ!」
「分かった。土屋が塩持ってこっち向かってるらしいからもういい。おまえ邪魔だから助手席で真言でも唱えてろ」
涼一は助手席を指さした。
「土屋さん?! どゆこと」
「途中のスーパーで買って新幹線乗ってレンタカーでこっち向かってんだとよ。スマホに通話あった」
「土屋さん、愛するりょんりょんのために駆けつけるんだ……」
爽花が両手を頬にあて、恍惚の表情で「ほゎああ」と奇妙なため息を発生させる。
「ようこんなときにわけ分からん冗談吐けんな、おまえ」
「まじだよぅ。まじの愛だよねっ」
爽花の背後にだけ大量の小花が飛んでるように錯覚する。
いかん。頭おかしくなりそうだ。
「ともかく助手席に座ってろ、おまえ。あと座ったらルームライト消しとけ。バッテリー上がる」
涼一は助手席を指さした。
さきほどから運転席のドアを開けっぱなしなので、ルームライトがずっと点灯しているのが気になっていた。
「う、うん」
爽花が車のボンネットのまえを小走りで通り助手席に乗りこむ。
「ルームライトってこれ?」
手をのばして車内天井についたルームライトのスイッチを切った。
「あと真言でも……」
「あっ、あっ、いま気づいたりょんりょん!」
爽花が助手席からこちらに乗りだす。
「うっさい。何だ」
「土屋さん、意識もどったんだ。そこ忘れてたっ」
涼一は眉をひそめた。
自分もさきほどおなじ順番で反応をしてしまったのが何かはずかしい、。
「いいから真言でも唱えてろ!」
「真言──なんかいっぱいあるけど、不動明王さんのでいいの?」
爽花がセーラー服についたポケットからスマホを取りだし、検索をはじめる。
「これかな。のの、のうまくさんまんだ、 ば? ばざら。えと、だんかん」
涼一は上空を見上げた。
あいかわらず一部の人魂が、噛み砕かれてはあつまり歯や腕の骨になって抵抗をつづけている。
素人JKの真言くらいじゃとくに効果はないか。
だがつぎの瞬間、抵抗をつづけていた人魂が一方向を避けるように退く。
駐車場のむこうの生活道路を、一台の乗用車が走ってきた。
ややして左折し、駐車場の出入口から入ってくる。
涼一が停めた社用車の横に乗りつけると、区画線にそって停車させた。
「あーいたいた。鏡谷、おつかれー」
運転席のドアを開け、まるで営業の合間のあいさつのように声をかけてきたのは、土屋だった。




