初七日法要 五
フロントガラスを抜けてガイコツに突進した倶利伽羅龍王が、ガッと大きな口を開けてガイコツの胸元を噛み砕く。
龍王の周囲の骨が霧散し、いくつもの人魂に変化した。
あわてて集まりまたガイコツに変化しようとするが、そこにすかさず龍王が大きな口を開けて飲みこみ噛み砕く。
ガリッガリッという音が響くのがなにやら生々しい。
「うわ、すご」
助手席からおりてきた爽花が声を上げる。
「出てくんな、邪魔」
涼一は龍王の半身のからんだ倶利伽羅剣を手に咎めた。
巨大な龍の体で上空高く暴れ回るので、剣を支えるこちらもけっこう力がいる。まさか行員は単に腕力がありそうだけで選んでねえよなと勘ぐりたくなる。
「土屋さんの代理やるために来たんだもん。後方支援はまかせて、りょんりょん!」
ボンネット越しにそう言う爽花が、さきほどのローズクォーツの数珠を左の手首にかけてグッと握りこぶしをつくる。
「んなこと言って、さっきからぜんぜん役に立ってねえじゃねえか、おまえ!」
「役に立つよお。何でも指示して!」
「塩買ってこい」
涼一はそう指示した。
「それ以外!」
「ねえよ、ふざけんな」
龍王が巨大な体をグンと曲げ、後ずさるように離れたガイコツの頭部に牙をむく。
倶利伽羅剣を両手で支えながら、涼一は龍王のたてがみのうなる様子を見上げた。
「ちょ、ちょっとまって。土屋さん、龍王の口に腕突っこんだって、あんなすごい牙あるとこに突っこんだの?! え、なんでどういう経緯?!」
爽花がうっとうしい声を上げる。
「やかましい。いまゆっくり説明できる状況に見えんのか」
言っているあいだにも骨がバリバリと噛み砕かれ、霧散した人魂が足元に隕石のようにでつぎつぎと降ってくる。
はげしい勢いで地面にめりこむ様子は、ちょっとした恐怖だ。
涼一は剣を支えながら身をかがめた。
人魂が熱いはずはないと思うのだが、何の錯覚なのか。
それとも怨念や執着のエネルギーを感じとっているとかなのか。
頬ギリギリのところを掠めていく人魂は、どう考えても火傷しそうに熱い。
「まじであっぶねえから、パシリやる気ねえなら車ん中いろ!」
涼一は爽花に向けてそう言い放った。
「あ、そだ!」
爽花が両手をパンッとたたく。
「りょんりょーん、塩ってふつうの塩でいいのー?」
爽花が車体の向こうから尋ねる。
「はああ?」
涼一は倶利伽羅剣を支えて両脚をふんばりながら返した。
「塩ってふつうの塩でいいの? 台所にあるやつ!」
「は? 何かしらんけど、土屋はふつうの塩つかってた」
「さっきの初七日法要? やってた家。あそこで塩もらえないかなー!」
爽花が大声で尋ねる。
「会長宅……」
涼一は脚をふんばりながらつぶやいた。
いい考えのような気がするが、どう言ってもらってくるのか。
いま対峙しているのが会長の妻の霊を取りこんだと白状した霊団とはいえ、そんな事情をあちらが知るわけもない。
「だぁいじょうぶ! お葬式のあとだもん。お清めの塩もらえますかーって言ってもらってくる!」
お葬式じゃなくて初七日法要なんだが。
「おい、つか人さまの家に迷惑かけんな。俺にしたって親戚でも何でもなくて取引先の重鎮の家なんだ!」
「平気だよぅ。さっきあいさつしてるんだもん。お清めの塩くらい迷惑じゃないってー!」
「行ってくるねえー」と手を大きくふり、爽花が駐車場の横にある草の生えた斜面を駆けて行く。
近道する気なのかと思ったが、さきほど車イスの霊が入ってきた通常の出入口を通るのがイヤだっさのかもしれない。
他人に遠慮のない提案にすこし引いたが、こんど行員さんによく分からん地域にとつぜん飛ばされたら、もよりのお宅で塩をもらうという方法くらいは視野に入れておくべきだろうか。
自分はそういうのは苦手なんだがと涼一は眉をよせた。
上空でしゃれこうべを噛み砕いている龍王を見上げる。
巨大な口の中で粉々になりつつも抵抗するように火を旋回させる人魂が、さらにこまかい人魂になって頭上から降りしきる。
両脚をふんばりながら身を縮め、涼一は隕石のように降りそそぐ人魂を避けつづけた。




