初七日法要 四
「おまえ、倶利伽羅剣はやく取れって」
涼一は後部座席に手をのばしたまま指示した。
「え、でもこわ」
爽花が体をちぢめて眉をひそめる。
「俺がターゲットって分かったんだから平気だろ。おまえたぶん何しても免除されると思うからさっさと取れ」
「め、免除されるかな」
爽花が身を縮めた格好で後部座席をチラッチラッと見る。
「たぶん」
フロントガラスの上では、ガイコツが動くごとに骨が当たりガツッガツッと音を立てている。
割られないだろうなと涼一は顔をしかめた。
フロントガラスの修理代、クッソ高いんだから勘弁してほしい。
万が一のときの請求先は会長宅でいいんだろうか。
「冥途に行って七日めのさいしょの裁判は、不動明王さまが弁護してくれることになってんだよねえ」
フロントガラスを這いながら、ガイコツがしわがれた声で語りだす。
「おう、先日知った」
涼一はそう返した。
ガイコツがカカカカと笑いだす。
「お不動さまのお使いが知らないわけないだろ。とぼけてどうすんの」
「んなレクチャーぜんぜんねえよ。あんたもいっぺんやってみろ。九九・九パー丸投げだぞ」
カカカカカカカとガイコツが顎の骨をガクガク上下させて笑う。
「ほんとかい。もっと偉い坊さんとか選ぶべきだねえ」
「俺もつねづねそう言ってんだけどな」
「すごーい。りょんりょん、人魂とふつうに会話してる」
爽花が身を縮めながら後部座席に手をのばしているのを、涼一は横目でたしかめた。
この線で時間稼ぎがベストか。
「ちなみにその姿って、何年かまえに亡くなったそこの豪邸の奥さんだろ?」
涼一は会長宅を顎でしゃくった。
「姿をまねてるだけ? それとも」
「取りこんだんだよぉ」
ガイコツがことさらこちらの顔をのぞきこむようにして答える。
涼一の頬が引きつった。
「取りこんだって、なに」
「おらたち冥途の裁判がちぃっと怖えなって冥途行ぐの拒否して集まっでだんだけどよぅ、三十三回忌のときに近くの坊さんが冥途で不動明王さまが弁護しでくれるって話してでよ」
ガイコツの声が微妙に変化する。
ちがう霊が説明をはじめたのか。
「ぜひともうんといい弁護してもらいてぇなって、はじめはお不動さまぁお不動さまぁって一生懸命お呼びだししてだんだけどさあ」
ガイコツが言う。
「んだども、ぜんぜん来てくれねえ」
重なるようにまたべつの声が説明した。
「ほんなことしてるうちに百年、二百年って経ってよう。お不動さんにときどき頼まれごとするお使いさんってのがいるってべつの坊さんが話しでんの聞いだんだ」
涼一の頬が複雑に引きつった。
「……やりてえならいつでも代わるぞ、おい」
「お使いさんならただの人間だから、とっ捕まえるこどできんなって嬉しぐなってよ、こんどはお使いさんさがしだんだあ」
「とっ捕まえる?」
爽花が後部座席に手をのばしながら不審げな口調で聞き返す。
「……こいつら、たぶんおまえのほうが翻訳とリスニングできそう」
「うん。地元と近いからイントネーションとか方言とかちょっと近い」
爽花が答える。
まあ、いまのところは自分も聞き取れてるからいいが。
「なんでとっ捕まえるなの?」
爽花がそう尋ねた。
「とっ捕まえで、お不動さんへの人質にすんだあ。おらたちの弁護、うんといいごど言えって」
涼一の口元がひくひくと引きつった。
「会長の奥さん取りこんだとか、どういうわけ」
「お使いさんは人間だから、その時代時代で生きてるべ? おらたちも時代に合わせねえとお使いさん騙せねえじゃん?」
また違う霊の声が説明する。
フロントガラスに骨があたり、あいかわらずガツッガツッと音がしていた。
「その時代時代の霊を案内人として取りこむっつうか。たまたまこの土地で死んだ霊とか葬式帰りのやつとか。頭いいべ?」
「きゃ!」
後部座席に手をのばしていた爽花が、何やら小さな悲鳴を上げてうしろを見る。
せまいところでヘビかウナギが激しくのたうつような音がしていたが、涼一はかまわずガイコツを睨みつけた。
「葬式帰りのやつは、二人だど選んでるうちにここの土地から出られちまったりするから、一人でいるやつな」
バタバタバタっ、と後部座席で暴れる音がする。
「りょんりょん、ヘビっ! うしろでお髭生えたヘビがあばれてるよぅ!」
「ほんで、やあっとお使いさん見つけてよう。とっ捕まえようとしたら、お不動さん邪魔しやがんの。こんなとこばっか出てきてよう。しょうがねえから、お使いさんの相棒にするべって」
ヒクッと涼一は口元を引きつらせた。
涼一のブチ切れに呼応するかのように、倶利伽羅剣が後部座席からするりと運転席にすべりこみ、剣にからんだ黒龍がフロントガラスを抜けてガイコツに襲いかかった。
涼一は剣を持ち、すかさず運転席のドアを開けて外へと飛びだす。
「ざっけんなクソが!! おまえら弁護どころか俺が閻魔宛に “地獄落とせ” ってご意見メールしてやるわ!!」




