初七日法要 三
先日話した、会長の妻を名乗った高齢の女性に見えるが。
「おい――」
涼一はウインカーを出そうとした手をいちど止め、女性を凝視したまま爽花に話しかけた。
「会長の奥さん、亡くなったってたしかに次男が話したんだな?」
「ん?」
爽花が前方を見る。
駐車場の入口あたりで目を止めた。
「おまえ……あれ見えてる?」
涼一は車イスのあたりを目線で指し問いかけた。
キィコ、キィコという車輪の音まで聞こえる。いまどきの車イスってあんなにうるさいだろうか。
まだ昼まえなのに、あたりが薄暗くなったように感じるのは錯覚か。
逆光で顔が黒くくすんで見えるのが、いっそう不気味だ。
「んん?」
爽花が目を大きく見開く。
「あれ。あの車イスの婆さん。おまえ見えてる?」
「車イス? つか、りょんりょんあれって――ちょっ、ちょっ、ちょっと、やだやだやだ」
爽花が涼一のスーツの袖にしがみつく。
「つかむな。のびる」
涼一は顔をしかめた。
「人魂? あれ人魂? りょんりょん、人魂だよね?!」
爽花が袖にぎっちりとしがみついた。
「スーツのびんだろが」
「え、ていうかていうか人魂ひとだま!!」
爽花が悲鳴に近い声を上げて、身を縮める。助手席のシートにぎしぎしと背中を押しつけた。
おびえたときのしぐさが、親戚の引きこもりに似てる。どうでもいいことに気づいた。
「車イスは見えてねえのな」
「車イスってなに?! 車イスの人魂なの?!」
エンジンを止める。
キィコ、キィコと近づく車イスから目を離さないようにしながら、涼一は後部座席に手をのばした。
後部座席の足元に置いた倶利伽羅剣を取ろうとしたが、手が届かない。
「りょんりょん、なにしてんの?」
同じように前方を見ながら爽花が問う。
「倶利伽羅剣とろうとしてんだけど、手が届かねえ」
「助手席に置いておけばいいのに」
「検問のときに銃刀法違反に問われそうでイヤなんだよ」
意味もなく声をひそめて答える。
「ちゃんとうしろ向かないと届かないと思うよ?」
「車イスから目ぇ離したくねえんだよ。何か隙みせたらヤバい気がして」
涼一は後部座席のほうにのばした手をパタパタと上下させた。
「わたし取ろうか」
「たのむ」
涼一は限界まで手をのばして「くっ」とうめいた。
「え、でもさ、わたしがうしろ向いたとたんに襲ってこないよね?」
「……見ててやる」
爽花がいったん横を向いてから、ふたたび車イスのほうをチラッと見る。
「み、見てて。ちゃんと見ててりょんりょん。おおお襲ってきたらちゃんとゆって」
「言うから早く取れ。ササッとうしろ向いてササッと剣とりゃいいだろ」
「うん」と返事をして、爽花が横をむく。すぐに顔を車イスの側にもどした。
「ななななんか、クマみたいだねっ」
「ためしにおまえの住所言ってみろ。自宅に送付されてくるかもしれん」
涼一は眉根をよせた。
「ササッと取るね」
「ササッと行け」
その遣りとりが終わるよりも早く。
車イスにすわった女性の体がにゅるんと前方にのびて、巨大な老人の顔がベタッとフロントガラスについた。
「きゃああ!」
「うわキモッ」
二人で同時に声を上げる。
巨大な老人の目玉は涼一と爽花を交互に見ると、ボソボソと唄うようにつぶやいた。
「う、ら、の、て、ん、じ、ん、さ、ま、の、言、う、と、お、り」
骨ばった指で、涼一と爽花を交互に指す。
こんどはこの馬のシッポと俺か。
涼一は眉をひそめた。
しかし推測に反して、老人の指はすぐに涼一を指して止まる。
「あ、か、ま、め、し、ろ、ま、め、お、ま、け」
やはり涼一を指してピタッと止まった。
「えっ? えっ? 速攻でりょんりょん選んじゃったみたいだよ?」
爽花が怪訝そうに言う。
「……こいつのほうがいいだろ。若くて肉多いぞ」
涼一は爽花を指さした。
「体重あるみたいに言わないでよぅ! りょんりょんよりは体重軽いよ、たぶん」
「体重の問題じゃねえ。成人の男なんて肉固いぞ」
「えっ、ていうかていうかガイコツさん、お肉が目的なの?!」
爽花ができるかぎりガイコツの手を避けようと脚を曲げて三角すわりのような格好になる。
「兄さん、お不動さまのお使いさんだろ? なんか不思議だねぇ、ひとめで分かったよ」
フロントガラスにベタッと貼りついた老人の顔が、はしから骨に変わる。
やがて完全なしゃれこうべになると、全身もそれに倣って骨になった。
車イスごと骨の体に変化し、車のフロントガラスとバンパーに貼りつくようにして車内を見渡した。
シーパラダイスで影を見た巨大なガイコツはこれだ。直感だが確信する。
「正体あらわしやがったな」
涼一はにらみつけた。
いまだ倶利伽羅剣は届かない。後部座席に手をのばしたまま手をバタバタと上下させる。
「えっ、てゆうか、りょんりょんお使いさんってバレてるよ?! その筋で有名なんじゃん」
「どんな筋だよ」
涼一は顔をしかめた。




