初七日法要 二
「亡くなったって、いつ」
涼一は不審な表情で爽花の顔を見下ろした。
「だいぶまえ」
「だからいつ。何時何分、地球が何回まわったとき」
「りょんりょん、小学生みたい」
早口で問いただす涼一に、爽花があきれたように返した。
「だから、だいぶまえって言ってた。さっき案内してもらったとき “ご愁傷さまです” ってゆったら、“だいぶまえに亡くなった母とやっと会えたでしょうから” みたいなこと言ってたの」
涼一は会長宅の日本家屋のほうをふりむいた。
少し離れた位置にある駐車場なのでここからは建物の屋根しか見えないが、一気に禍々しいものに見える気がしてくる。
先日の葬式に来たときに話しかけてきた高齢女性は、たしかに会長の妻を名乗った。
あれが喪主だとすんなり信じてしまったのは営業職として迂闊だったが、どうりで顔をチェックしてなかったはずだ。
「何かやべ。もしかしてそこからトラップか?!」
「なにトラップって。やっぱここで対決必至?」
爽花がにぎりこぶしをつくる。
制服のスカートのポケットから赤い房のついたローズクォーツの数珠をとりだした。
「りょんりょんのも用意してきた!」
紫のふさのついたローズクォーツをこちらに差しだす。
「……何でこんなピンク石。ほかのなかったのか?」
「ローズクォーツだよ。恋愛の石だよ? 土屋さんとの仲が永遠につづきますようにって。二人のはペアで用意したの」
言ってることがカオスすぎて意味分からん。涼一は顔をしかめた。
まあローズクォーツだろうが何だろうが、とりあえず数珠なら効き目はあるだろう。たぶん。
涼一は手首にはめた。
黒ネクタイとスーツに数珠とか、あやしい霊感商法みたいな形だ。必要がなくなったらさっさと外そう。
「んで塩は」
爽花のほうに手を差しだす。
「えっ、塩も必要?」
爽花が声を上げる。
手を差しだした格好で、涼一は顔をしかめた。
「あれが何だかんだいちばん速攻で効く」
「ええーごめん。まって。コンビニで買ってくる」
涼一は周囲を見回した。
ここからいちばん近いコンビニはどこだったか。
山あいの土地だ。
たぶん一、ニキロくらい行かないとない。
「りょんりょん、車乗せてっ」
「何でだよ」
涼一は車のドアハンドルに手をかけ、運転席のドアを開けた。
「いいじゃん。帰るとこだったんでしょ?」
爽花が小走りで助手席のほうにまわり、ドアを開ける。
「開けんな。タクシーで帰れ」
「いいじゃん。なんでー」
爽花が強引に助手席にすべりこんだ。
「降りろっ」
涼一は運転席に乗り、ギアをはさんで詰めよった。
「だいたい塩も用意せんで土屋の代理とか志願すんなっ」
「ちょっとまって。りょんりょん、自分で用意してないの? いつも土屋さんが用意すんのっ?」
「う」
涼一は言葉につまった。
毎回、かなり古典的だと思いつつも塩に助けられていた。
そのわりに自分で用意したことがない。
土屋がこちらの分まで出張先に持ってきてくれたこともある。
「いや……」
涼一はあさっての方向を向いた。
「いつも土屋さん頼りなんだあ。ほほえましいけどさあー、土屋さん頼りなんだあ。ほほえましいけどさあー、土屋さん頼りなんだ」
爽花がしつこい詰りかたをする。
口の横に両手をあてて、顔を近づけた。
「いつも土屋さん頼りなんだあ。ほほえましいけどさあー、土屋さん頼りなんだあ。ほほえましいけどさあー、土屋さん頼りなんだ。ほほ……」
「いつまで言ってんだ」
涼一はしかたなくキーを差しこみエンジンをかけた。
「最寄りの駅まで送るからそこから新幹線で帰れ」
「こっからだと途中でわたしの地元とおるじゃん。そこまで乗せてー」
「やだね」
涼一はギアをドライブに入れた。
「会社帰る途中で下ろすだけじゃん。インター近くの駅とかでバイバーイって」
「セーラー服とバイバーイとか変な冤罪に巻きこまれそうだからやめろ」
涼一は顔をしかめた。
「んじゃ綾子ちゃんのどこまででいいよ」
「よけいやだ」
ウインカーを出そうと左手をすこし上げる。
そのときだった。
駐車場の入口に、車イスの人物があらわれた。
きれいに結った白髪、きちんと着こんだ白い着物。
ただし、着物の襟の袷が逆になっていることを涼一はとっさに確認した。
死に装束だ。
膝にはグレーのひざ掛けをかけている。そのひざ掛けの上に、杖と数珠。
ゆっくりと車イスの車輪をまわし、こちらに近づく。
無表情な顔をこちらに向けた。




