初七日法要 一
一週間まえに来た取引先の会長宅の庭に立ち、涼一は大きな純和風の家屋を見上げた。
もうすぐ午前十一時。
初七日法要が終了し、あいさつをすませてあとは地元に帰るだけだ。
もういちどここに来れば、今回の怪異に絡んできたガイコツに即座に襲われ対決ということにでもなるかと思っていたが、いまのところ変わったことは起きていない。
ほんとうは新幹線でもいいところを、何だかんだと上司に理由を告げて倶利伽羅剣を積んだ社用車で来たのだが。
「おーい。きょうも一人で帰っちゃいますよー」
小声でポソポソと家屋に向けて言ってみる。
会長宅の庭は、葬式のときほど人はいない。
先日の会長の妻である喪主も、きょうはまったく姿は見えなかった。
庭のところどころに植えられた立派な松の木が、大きな玄関口からぱらぱらと帰る人々を見下ろす。
たぶん身内のなかでも比較的近くに住んでる人ばかりなのかなと思った。
会社関係で初七日法要までってあんま来ねえよなと思うが、まあまあ大きい取引先だし近県だしという感じなのだろう。
ま、いいや。
仕事はひと通りこなしたわけだし帰るか、ときびすを返す。
庭園に敷かれた独特の砂利が、ザッと音を立てた。
もしかしたらふたたびここにきたことで悪霊とやらは離れていき、「やっぱ地元がいちばんだねえ〜」となじみの場所でくつろいでいるのかもしれん。
よし納得した。涼一はザッザッと歩を進めた。
「ふああ。おっきなお屋敷。すっごいねえ、りょんりょん」
ふいに横から素っ頓狂な声がした。
目を丸くして自身のかたわらを見る。
セーラー服姿の爽花がいた。
「うわっ!」
涼一は声を上げて後ずさった。
庭や玄関にいた会長宅の人たちがこちらを向く。
「何でもないです」というふうに涼一は会釈した。
「なに湧いてんの?! おまえ」
涼一は顔をしかめた。
「土屋さんの代わりにサポートするよぉって言ったじゃん」
爽花が口をとがらせる。
そういやきのう、行き先と出発時間をうっかり吐いちまった気がする。
迂闊だった。
「なんだそのセーラー服」
「学校の制服だよぉ。ちゃんとTPO考えて着てきたんだもん」
そういや学生は制服がそのまま正装なんだったか。
わざわざコンビニで黒いネクタイ買わなくていいとは恵まれたやつ。
きょうはお団子ヘアではなく黒いシュシュをつけたポニーテールだ。
馬のシッポと呼んでやる。
「土屋の代わりって。あいつとくに変わったことしてるわけじゃないけど」
涼一はしかたがないので爽花を駐車場のほうにうながした。
社用車に乗せる気はない。そのまま最寄りのタクシー会社の社名だけ教えて放りだしてやる。
「土屋さん、いつもどんなことしてんの?」
爽花が小走りで横をついてくる。
涼一は宙を見上げて記憶をさぐった。
「ミミズの効能検索したり、倶利伽羅龍王の口に腕つっこんだり」
爽花が大きな目をさらに大きく見開いてこちらを見上げる。
「倶利伽羅龍王って? 龍王さま?」
「倶利伽羅剣にからんでる黒龍。なんか必要なときだけ実体化する」
爽花が半袖からのびた自身の細い腕を見つめる。
「えっ? えっ? 龍王さまの口に腕つっこんだって、どういうシチュエーション?!」
「あと車誘導したり塩ばらまいたり」
爽花がしばらく無言で首をかしげる。
涼一はカバンからスマホを取りだし、最寄りのタクシー会社を検索した。
「ここからいちばん近いのは碧葉タクシーな。検索したら電話番号でてくるから自分で呼べるな? じゃな」
スマホをカバンにしまい社用車のドアハンドルに手をかける。
「えっ、りょんりょんは?」
「いまからそこらでコッソリ地元名物でも買って帰社するに決まってんだろが」
「あ、土屋さんへのおみやげだ」
爽花がなぜか上ずった声で言う。
「何でだよ。自分で食うやつ」
「わたし秋の月好きぃー! あのふわふわカステラとカスタードクリームのやつ!」
爽花が右手をピンッと高く挙げる。
「知るか」
涼一は運転席のドアを開けた。
「助手席、いい?」
爽花が社用車を指さす。
「何でおまえ乗せなきゃならんの」
「大事なパートナーの代理じゃーん!」
爽花が声を上げる。
「ぜんっぜん大事じゃねえ」
涼一は返した。
ふいに爽花が駐車場の出入口のほうを向き、ペコリとおじぎをする。
「さっきは案内ありがとうございましたぁ!」
制服の紺のスカートのまえで両手を組みペコペコおじぎをつづける。
駐車場の出入口で、喪服を着た壮年の男性が会釈を返した。
「ああ、会長の次男だっけ。さっきあいさつしたけど。――喪主は会長の妻らしいけど」
「ん? 会長の妻ってあの男の人のお母さん?」
「だな」
スラックスのボケットに手を入れる。
「だいぶまえに亡くなったって言ってたよ?」
爽花が言う。
涼一は無言で目を見開いた。




