冥途၈弁護人 四
夕方。
退社したあと土屋が運ばれた病院に行くと、すでに爽花がいてICUの廊下付近にあるソファの置かれた休憩エリアのようなところで脚をぶらぶらさせて座っていた。
「あ、りょんりょーん」
休憩エリアに近づいたこちらの姿を見て大きく手をふる。
「変な名前で呼ぶな」
涼一は顔をしかめた。
「土屋さんの病室のまえで座ってよって思ったら、こちらありますよって案内されたの」
「コンビニまえじゃねえんだから。緊急のときに邪魔だろ」
涼一は爽花の向かい側のソファにすわった。
病院の玄関ちかくの自販機で買ってきた缶コーヒーのプルトップに手をかける。
「ここ、飲食オッケーだよな」
「ソファのあるあたりならいいですよーって言われた」
爽花が答える。
安心してプルトップを全開にする。ひと口コクッと飲んだ。
「ICU入ったって、さっき土屋の弟から電話もらった。仮死状態みたいな感じだったのか?」
「土屋さんの彼氏の友だちですって言ってちょこっとだけお医者さんに聞いたけど、運ばれたときから心音も脈も弱い感じであったんだって。たぶん機械じゃなきゃ観測できないくらいだったろうけどって」
「おまえ、そんなときまで日本語まちがえんな。彼氏じゃなくて彼女だろ。どうせ医者さんも脳内補正して聞いてくれたろうけど」
涼一はコーヒーを口にした。
「まえに土屋が言ってたな。むかし外国で土葬の遺体をぜんぶ掘りおこしたら、二割が蘇生して踠いたような形跡があったって。――むかしだと心電図モニターとかないから微細な心音とか分かんなくて仮死状態を死んだと判断しちまったんだろうなって話」
「それ、うしろのなんとかってマンガにもあったあ。主人公のお父さんが仮死状態の可能性を考えて、棺桶のなかに懐中電灯とメッセージ入れてくれてたの」
「……それ、かっなりむかしのマンガじゃねえの? おまえいくつ」
涼一は眉をよせた。
「ま、いいや。おまえ、あと地元帰んの?」
「帰んないよ。土屋さん心配すぎて授業なんか身が入んないもん」
爽花が脚をぶらぶらさせながら答える。
「……おまえってそもそもちゃんと授業受けてるときあんの? いつもサボってね?」
涼一は顔をしかめた。
「出席日数は大丈夫だよ。新紙幣のときはわりとすぐ夏休みに入っちゃったし」
そういやそんな話してたなと涼一はコーヒーを飲み下した。
「んじゃ、土屋のご家族に迷惑かけんようにな。俺はたぶん、あしたから一日二日来れんと思う」
「なんでなんで? 土屋さん心配じゃないの?」
「出張」
涼一はみじかく答えた。
「りょ……」
爽花が大きく息を吸いこむ。
「りょんりょん! 仕事と土屋さんとどっちが大事なの!!!」
「仕事だ。社会人なめんな、クソ団子!!!」
爽花のとつぜんの大声につられて涼一はさらに大声で返した。
スタッフステーションと思われる部屋の小窓から看護師が顔を出し、「すみません、静かに」と小声で告げる。
「すみません」
涼一は頭を下げた。
「このまえのM県の会長宅んとこ。初七日法要あるから引きつづき顔出して来いってな」
しんと静かなICU付近の廊下の一角。
涼一はソファにすわり直してあらためて説明した。
「んじゃ、わたしそっち行く」
「何でだよ。いくら何でも出張にJK連れて行けるか。わけ分からん誤解受けんだろうが」
涼一は上を向いてコーヒーを飲み干した。
「まえに土屋さんが、バイトのふりして助手席にいる作戦立ててたじゃん」
「他社の会長の初七日法要にバイト連れてくとか聞いたことねえわ」
空き缶をすてる場所をさがすが、ちかくにそれらしき場所はない。しかたないなと横の座面に置いた。
「土屋さんになんかしてる死神の生産地なんでしょ? りょんりょんが対決しに行くならわたししか土屋さんの代わりできないじゃん」
「……いやおまえの代わりやれそうなのはいくらでもいるだろ」
涼一は淡々と返した。
「そりゃりょんりょんにとって、土屋さんの代わりはいないかもしれないけどおおお!」
「やかましい。また静かにしろ言われんだろが」
涼一は顔をしかめた。
病院内の人の気配が何となく減ったというか、急にしんとしはじめた気がする。
涼一は通勤カバンからスマホを取りだし時刻を見た。
そろそろ外来の患者や面会の受付時間が終わるころだ。
「とりあえず帰るぞ。なにで来たのおまえ、バス?」
言いながら立ち上がる。
「バス」
爽花が答える。
「んじゃそれで暗くならんうちに帰れ。俺は土屋とちがって自家用車は持ってないから送れねえから」
「りょんりょん、あしたの何時出発? 出発まえにここ寄ったりする?」
爽花が尋ねる。
「法要が午前中かららしいから朝イチで行く。会社出勤しないで駐車場から社用車ころがして直行」
涼一は答えた。
スタスタと休憩エリアから離れて階段のほうに向かうと、爽花が小走りでついてくる。
「さっきはごめんね。りょんりょんはきっと、土屋さんが心配で心配でたまらないから仕事で紛らわしてるんだよね……」
爽花が横を歩きながらうつむく。
「わたしBLいっぱい読んで勉強したもん。わかる」
涼一は眉をよせた。
こいつマジで何かの病気だろうか。見舞いついでに専門科でも受診したらいいのになと思った。




