冥途၈辯護人 三
「えっと、まって。もっとリプ来てる。──“不動明王、弁護についてですけど” って。りょんりょん、どっちから読む? 」
「どっちでもいい。さっさと読め」
涼一は、もういちど車内であくびを噛みころした。
「──んじゃ先着順。“FF外から失礼します”」
「そこ省略しろ言ったろ」
顔をしかめる。
「 ──“以前のリプを読んでくださってありがとうございます。死神についてですが、そもそも仏教にも神道にも死神という概念はありません。さやりんさんは不動明王についてお調べのようなので仏教の考え方を言いますと、仏教では「死」は輪廻転生をくりかえすうちの一つの通過点という考えなので、西洋のように死を司る神や仏が特にいる訳ではないです。↓続きます”」
「えーっとね」と爽花が続けて間が空く。
スクロールしてるのか。
「 ──“なので、お友だちのりょんりょんさんが喪主の方から聞いた “死神” というのは、おそらくはもともと “死魔” という死にたい気持ちを起こさせる魔物を指していたか、お葬式の参列者についてくる悪霊のようなものを指していたかだと思われます。近年になって西洋の死神の概念が混じったか、もしくはりょんりょんさんに分かりやすい言葉で喪主の方が言ってくれたのかもしれません ↓続きます” 」
「えーと」と爽花がつぶやきをはさむ。
「……つかおまえ、人のこと変な名前でポストに書くのやめろ」
涼一は眉根をよせた。
「えとえと。つづき見つからないー。──あ、これか。“話が横に逸れますが、お葬式に関する “二人一組で” という考えは日本各地にありまして。多くは死者が出たことを必ず男性二人で伝えに行くという風習です。理由はというと、やはり “一人で行くと悪霊がついてくる” という考えからで、りょんりょんさんが言われたものもこういった風習の流れのものではないかと思います ↓続きます” 」
「……じゃあ俺が何かつれてきたのは事実として、あれは魔物か地元の悪霊……?」
行員の霊池が「四百回忌をすぎた人ばかり」と言っていたのはそういうことか。
「ふつうに霊のほうか……」
涼一はつぶやいた。
「続きあった。えと──“ここまで書くとややこしくなるかと思いますが、さやりんさんが不動明王と弁護についてお調べになっているようなのでついでに。死ではなく寿命を司る神というのが道教にいまして、泰山府君というんですが、死者の裁判を行う冥途の十王と同一視されることがあります。(冥途の十王は、閻魔大王が一番有名ですね)。 ↓続きます” 」
「んーとんーと」と爽花がつぶやきをはさむ。
涼一は、もういちど車内のデジタル時計を表示させた。
「 “冥府では二年に渡り計十回の裁判が行われるのですが、毎回それぞれ弁護を担当してくれる仏さまというのがいまして、第一回目の殺生の罪を裁く裁判において弁護を担当してくれるのが不動明王です” ──え、そなんだ」
爽花が途中で感想をはさむ。
涼一は、運転席に背中をあずけていた体勢から前のめりになった。
「冥府の裁判の弁護?!」
「──すご。ただのOLさんかと思ったら弁護士資格もってるんだ」
爽花がかなりズレたことを言う。
「ちょ、待て。整理していいか?」
「──どぞ。いいよ」
爽花が神妙な声で応じる。
「んじゃ、行員の “予定にないから弁護は不要でした” ってセリフは」
「──そもそも土屋さんは冥途? 冥土? に行く予定ではなかったってこと?」
「えとちょっと待て……」
涼一は眉をよせて宙を見上げた。
「言われてみりゃ行員は気をつけろとは言ったが死ぬとは言ってないっつうか。そもそも死神とすら言ってない……」
涼一は前髪をかきあげた。
神仏にとって「死」がただの輪廻転生のいち通過点なら、死ぬとしてもとくに予告なんかしないかもしれないが。
とはいえ、前回は「桜は平気か」と聞いてきた。
そのまえは「かくれんぼはご存知か」、新紙幣のときは、頭を「落としましたよ」。
いちおうこちらの心身の安全に関することは伝えにきてる気が。
「まとめると、今回は神でも何でもない四百回忌をすぎた人ばかり――M県の四百年まえの亡霊集団ってことか?」
「──あっ、そうか。りょんりょんが見たガイコツって、霊の集団が融合しちゃって一体になっちゃってる感じ?」
涼一は目を見開いた。
「そういうことか? それで行員は “引き剥がすのは難儀でしょう” って?」
行員の発言のナゾが解けてくると、少しは安心してきた。
今回は倶利伽羅剣で融合した亡霊集団をバラバラにしてほしいということだろうか。
「今回は土屋のサポートはねえけどな。何したらいいか分かったらあとは何とかなるかな」
「りょんりょん、今回はわたしがサポートするっ。そりゃ土屋さんほど息ぴったりとはいかないと思うけどっ」
爽花が甲高い声を上げる。
「いらね」
涼一は車内のデジタル時計を表示させた。
そろそろ営業先に出発しなければならない時間帯だ。
「んじゃな。ひとまず営業先行くわ。おまえはちゃんと学校行け」
涼一はハンドル横のキーをまわし、エンジンをかけた。




