冥途၈弁護人 二
出勤してまずはじめにやったのは、土屋のことについて上司に伝えることだった。
土屋の家族から連絡が行ってるかもしれんが、念のためだ。
土屋の営業回り先の企業は、とうぶんはそれそれの企業をまえに担当していた先輩などが行くことになった。
何人かの人間が一、二社ほど営業回り先がふえたせいか、フロア内が何となくバタバタしている印象だ。
涼一は、とくに担当がかぶっているところもなく仕事の量は変わりなかったが。
スマホの着信音か鳴る。
涼一はデスクの上に置いた私物のスマホを手にした。
画面を見る。
爽花だ。
涼一は、チラリと上司のデスクのほうを見た。
話が長くなるかどうかは分からないが、ムダ話の多い爽花のことだ。長くなる可能性がものすごく高そうな気がする。
応じるのは社外に出てからのほういいか。
通話のアイコンをタップして、スマホを耳にあてた。
「あっ、どうも。お世話になっております。えと、ご相談とはどういったことで」
「──えっ、りょんりょん、わたしだよ。さやりんだよぅ?」
爽花が返答する。
通話口から聞こえてくる周囲の音からして、学校っぽくない。ほんとうにサボりやがったのかこいつ。
「ああ……なるほど。そういうことでしたら、これからそちらに伺いますので。え、では、のちほど」
「──りょんりょーん、わたしわたし」
爽花の呼びかけを無視して、いったん通話を切った。
「──しゃあないだろ。上司がいるまえでペラペラ私用電話してるわけにいかないんだよ」
屋外の社員用駐車場。涼一は社用車から爽花のスマホにかけなおした。
「──わたし、ゆうべやっぱり眠れなかった。土屋さんどうなったの?」
爽花が弱々しい声でそう言いながらあくびする。
心配というには緊張感に欠けるな、こいつと思う。
「土屋の家族には、いちお何かあったら電話ほしいって伝えてきたけど、一晩なかったから大丈夫じゃねえの?」
涼一は運転席のシートに背中をあずけた。
「──それほんと? そういうものなの?」
「知らんけど」
涼一はそう返した。
「俺は心肺蘇生法のやりかたなんて他に知らんから心臓マッサージやってたけど、救急外来でもおなじことひたすらやってたってことは、たとえば手術が必要とかそういう原因じゃないんだろうし」
ハンドルわきに挿したキーを一段階だけ回して、車内のデジタル時計を表示させる。
営業に行く時間のことがあるから、社外だとしても長話するわけにいかんなと思う。
「知らんけど、心臓マッサージを一晩つづけてるわけはないと思うんだよな。何時間かつづけても蘇生しなかったら、たぶんダメって判断されるっていうか」
「──あ、そか……」
爽花が大きく息を吐く。
「そうだよね。なんかあったらご家族が連絡くれるんだ。──ってことは、りょんりょんと土屋さんってご家族公認なんだ。こういうときのためにパートナーシップ制度とか申し込んじゃったらいいのに」
爽花が、スンッと鼻を鳴らす。
涼一は無言で眉をひそめた。
また話がわけ分からんくなってきた。こうたびたび意味分からん方向に話が行くのは、こいつの病気か何かなんだろうか。
「ていうか、何で電話よこしたの、おまえ。何か調べて分かったわけじゃないの?」
「──あっ、そうだ」
爽花が声を上げる。
「死神ってM県の伝承とかにありますかってポストしたら、FF外のダルマの人がまたリプくれたの」
「へえ……」
涼一は相づちを打った。
「えっとね」と爽花が前置きする。
「んーと。仏教とか神道には基本的に死神ってのはないっていうか。あえていえば “死魔” ってとこだっけ。──死をつかさどる神ではなくて、鬱にする魔物? ていうか悪霊? んで輪廻転生が……なんだっけ」
涼一は顔をしかめた。
「何だそりゃ。リプそのまま読め」
「──通話しながらアプリ開けないよう」
爽花が言い返す。スピーカーにしてできなかったっけ。涼一は眉をひそめた。
「んじゃそのままコピペしてメールで送ってよこせ」
「──土屋さん心配で、だれかとしゃべってなきゃ落ちつかないぃ」
なら学校行けばいいのにと涼一は顔をしかめた。
「分かった。勝手にこっちのブラウザから見る」
「あ、待って待って。──綾子ちゃーん、おかえりー。PC借りていい?」
爽花が少し離れたところに向けて声を張る。
やっぱり地元にも帰らずサボってたのかこいつと涼一は顔をしかめた。
「──あ、友だちからラインきてる。待って待って。こっちはそれどころじゃない……って返そ」
「……いや、そっち先に対処してやれ。おまえが土屋の容態じっと待ってたってしゃあないだろ」
ドタバタと屋内を移動しているらしき音がする。
「いまPCのある部屋行くからりょんりょん、そのまま待っててー」
爽花が言う。
待てるかっ。
涼一は眉根をよせた。
あくびがこみ上げてきて、口に拳をあてて噛みころす。
目をしぱしぱとまばたきさせた。




