阿毘達磨 ァㇶ"ダㇽマ 一
「時系列おかしいって、なんかね、オカルト現象にはときどきあるよって三人リプよこしてくれた」
郊外の涼一のアパート。
広いとはいえないフローリングの部屋に土屋と爽花がすわり、小さなテーブルに肘をついている。
「あ、俺、ペプシは持参したからきょうはいいよ、鏡谷くん」
土屋が通勤カバンからペプシのペットボトルを取りだす。
「えっ、てゆうか、てゆうか、ここが二人の新居? ベッドとかある、やだやだやだやだ」
爽花がスマホを手に室内をきょろきょろと見回す。
意味わからんけどウゼェ……と涼一は顔をしかめた。
「おまえ、まえも来てなかったっけ」
涼一はテーブルの上に二リットルのウーロン茶のペットボトルをドンッと置いた。
爽花と土屋のまえに予備のコーヒーカップを置く。
勝手に汲んで飲めということだ。
「来たことあるけどお、二人が結ばれてからの新居だと思ったら、ぜんぜん違うものに見えてくるじゃん?」
爽花が自分の頬を両手でつつんで顔を赤くする。
「……意味わからんけど、おまえって不動産屋からみたらすげえいいカモになりそう」
涼一は、テーブルそばの空いたところに腰を下ろした。
壁紙をきれいな色のに貼りかえたとか、玄関に花が飾ってあったとかいうだけで「ステキな物件」とか言っちゃうタイプだ。やべえ。
「わたしももし、将来彼氏とかといっしょに住むことになったらさあ……。りょんりょん、いい不動産屋さん紹介してくれる?」
「知ってる不動産屋で、事故物件担当なんてのがいるとこある。トンチンカンな客でもおだやかに話してくれる人だから、対応してもらえ」
涼一は自身のコーヒーカップにウーロン茶をそそいだ。
「話もどしていい? 時系列がおかしいっての、オカルトにはわりとあるんだ」
土屋がテーブルに肘をつき、スマホをスクロールしだす。
「リプでそれ書いてくれた人が三人だからよく分かんないけど。霊とかがいる世界は別次元だから、そもそもこっちと時間の流れが違うって」
「あ、なるほど」
土屋がそう返す。
「そういうのはマンガではなかったのか」
涼一はウーロン茶を口にした。
「マンガとかアニメとかは時系列ごっちゃにすると見てる人が分かんなくなるから、あえてそういうのは描かないんじゃないかな」
土屋がスマホをスクロールする。何か検索してるのか。
「ああでも、神さまとか仏さまがサクッと未来のこと言ったりするのは、つまり現在も未来もおなじように見えてるからっていうか」
「ついついこっちの世の基準も忘れて言っちゃうとかなのか? 神仏もわりと天然だな」
涼一はコクッとウーロン茶を飲んだ。
「あーいるいる、そういう人。みんなが知ってるみたいなつもりで、“わたしってなになにじゃないですかー” って言っちゃう人。そんなのいま知ったよーみたいな」
涼一と土屋は、それそれにウーロン茶とペプシを口にしたまま沈黙した。
なぜか行員の霊池がそこらの女子高生に思えてきた。
「……行員さんもあるんかな、そういうの」
「いちおう本性の本性は最高仏なんだけどな、あの人」
土屋がペットボトルを手に顔をしかめる。
「ていうか、ねねね。もう一人、有力っぽいリプくれた人がいるにはいるんだけどさ。難しすぎてよく分かんないんだよね。二人のどっちか分かるかな?」
爽花がスマホの画面をこちらに向ける。
涼一と土屋は、それそれに身を乗りだして爽花がかざした画面を見つめた。
「ちょっと待ってさやりん。自分ので見る」
「あ、俺も」
二人で自身のスマホを取りだし、爽花のエックスのアカウントを検索する。
「えっ、ていうかりょんりょんくん、まださやりんちゃんのアカのフォローしてあげてないの?」
土屋がフォロワーの一覧をスクロールする。
「いま関係あるか。よう分からん有力情報ってどれ」
涼一はそう返して爽花にきたリプをさがした。
「んーとね、四時間くらいまえにきた人。FF外からって」
「まーたFF外からどうとかめんどくせえ前置きつける文化あんのか、ここ。もう略して “F失” とかにしとけ」
「そんな統失みたいな」
土屋が苦笑いする。
「これか?」
やがて土屋がスクロールしていた指を止めた。
「……えーと。鏡谷くんが発狂しそうなんで、“F失以下略。――もしかして場違いかもしれないから、関係なかったら無視してね。おじさんの戯言です” 」
「そこも飛ばせ。いらん」
涼一は眉をよせた。
「えー。“阿毘達磨というものがありまして、これは小乗仏教、初期の大乗仏教それぞれのもとになった仏教の哲学です。これが近年、量子力学を二千年以上まえに理解し説明していたとして驚かれていまして。時間についての説明も量子力学的に説明しています。つまりどちらの説明でも時間とは” …… 」
ここまで読んで、土屋が顔を上げる。
涼一は、爽花とともに複雑な表情を返した。




