雑居状態၈家 一
病院から畑の多いすこしさみしい道を歩き、錆びついたバス停標識の立った停留所からバスに乗る。
爽花の伯父とやらの家は、二十分ほどバスに乗ったとなりの市に近い地域にあった。
病院のあった里山ふうの地域ほどではないが、民家はやや疎らな空き地の多い住宅街だ。
電話で知らせていたためか、玄関にランタン型のランプがつけられている。
外灯はあまり多くない暗いなかに、オレンジ色のあかりが鮮やかに目に映った。
「たっだいまー」
爽花が元気よく玄関ドアを開ける。
鍵がかかってなかったらしいのは、知らせていたからなのだろうか。
習慣だったら涼一の感覚としてはちょっと引くなと思った。
「綾子ちゃーん、拓海ちゃーん、友だちつれてきたよー」
爽花が、「上がって上がって」というふうなしぐさをする。
涼一は、玄関口を見回しながら靴を脱いだ。
拓海というのが、引きこもりという従兄だろうか。
クリーム色とあわい茶色を基調としたシンプルな感じの玄関口。
下駄箱の横に鏡がある以外は、とくに飾られたものはない。
郊外の一戸建てとしては、すこし大きめの家だと涼一は思った。
二階建て。
部屋数は、リビングを入れて五、六部屋というところだろうか。
築年数はそんなに経っていない感じだ。
転勤するなら留守番くらいほしがるかと思うが、伯父とやらは独身なのか、それとも家族もいっしょに転勤先について行ったのか。
爽花がリビングを通り、スタスタと奥のほうへと行く。涼一は軽く困惑しながらついて行った。
短い廊下を横切り、一角にあるドアのまえで立ち止まる。
「拓海ちゃーん、お友だちつれてきた」
そう声を上げる。
「涼一くんていうの。ニックネームはりょんりょん」
「……ニックネームって、きみが勝手に呼んでるだけでしょ」
涼一は顔をしかめた。
「なに涼一だっけ?」
爽花がこちらを向く。
「……鏡谷」
初対面の人間に個人情報を言うのはすこし嫌だが、フルネームと会社員という素性はもう爽花に知られているのだ。そのくらいはいいかと思う。
「鏡谷 涼一くん。リーマン。ちょこっとイケメン。空母これのハリーくんみたいな感じ?」
……意味わからん。
ドアの向こうから、唐突に電子音の音楽が聞こえる。
爽花がドアに耳を近づけた。五、六秒ほどでしずかになる。
「生存確認」
爽花がそうつぶやいた。
「んー、なんか嫌がられてはないみたい。りょんりょん」
「……そうなの?」
「あれにモスキート音が混じってたら、"帰れ” って意味。いまは混じってなかった」
どんなコミュニケーション方法だよと思う。
爽花がドアにクルリと背をむけてふたたびリビングを横切る。
「綾子ちゃーん」
そう声を上げながら台所のほうに向かう。
涼一は何となくついて行った。
「綾子ちゃーん。いないのかな?」
台所にはだれもいない。
夕飯と思われるものが皿に盛られラップがかけられていた。直前まで作業をしていた感じだが。
「綾子ちゃーん」
爽花が台所の出入口と勝手口をながめる。
ふいにこちらをクルリと向いた。
「なんかさー、怪談にあるじゃん。台所のお母さん呼んだら、女の人の返事する声が聞こえてさー。そっち行こうとしたら、途中でお母さんに呼び止められて ”あれは、わたしじゃないの" っての」
「そんなのあるんだ」
つたない語り口だが、それでも何となく鳥肌が立った。
「ネットであるじゃん。いろんなバージョンあるけど」
「あんまりそういうの見ないから」
涼一は答えた。
「りょんりょん、ネットってどういうの見るの?」
出入口のむこうをのぞきながら爽花が問う。
「動画とか」
「どういう動画?」
涼一は、宙を見上げた。
そんなに決まっているわけではない。おすすめに出てきたものをボーッとながめるだけだ。
「……ゆっくりとか」
「あれ、前置き長いとイラッと来ない?」
「あんまり考えたことない」
涼一は答えた。
なにせ、たいていはボーッとながめて歯磨いて寝るだけだ。
玄関口の開く音がする。
「爽花ちゃーん、帰ってる? この革靴はリーマンイケメンさんのやつぅ?」
玄関口から女性の声がする。
叔母というから歳のいった女性を想像していたが、想像していたよりも若そうな感じだ。
考えてみれば、爽花の親の姉妹なら三十代前半くらいでもありえなくはないか。
「あ、綾子ちゃん、おかえりー」
爽花がバタバタと玄関口に行く。
「お友だち来るっていうから、デザート買ってきたー」
玄関口の女性が、はしゃいだ声で言う。
「スイカじゃーん」
爽花がキャッキャと応じた。
「すみません、あの、お邪魔してます」
涼一は会釈しながら玄関口へと行った。
玄関口でニッコリと笑いながらたたずむ女性。
若作りなのかじっさいに若いのか分からないが、二十歳ほどの年齢に見える。
銀行の駐車場で「落としましたよ」と声をかけてきた女性行員にソックリだった。
両手でかかえたスイカ。
よくよく見たら、自分の頭部では。
涼一は、足元から血の気が引く感覚を覚えた。




