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「つまり死神さんは、俺と鏡谷のどちらにするかをいま選んでる最中……?」
ハンドルを握りながら土屋がそう聞き返す。
爽花を親戚の家に送ったあと、涼一のアパートに向かっていた。
フロントガラスの外はすでに暗い。
車が郊外の県道に入ると、人も車もまばらでポツンと立った信号機の赤色が暗い空に怖いくらい目立った。
「どちらにしようかな言ってるんだから、そうだよな。そうとしか思えんてか」
涼一は顎に手をあてた。
それなら、あの土屋の口にだけ落ちてきた水滴は何なんだ。死神が落とした末期の水ってわけじゃなかったのか。
口を水で濡らす儀式といったら、涼一は末期の水くらいしか知らない。
日本ではけっこう宗派関係なく行われている儀式で、たしか陰陽道でもやるとか聞いたような。
「つか裏の天神さまってなに。何回の裏」
「野球とは関係ないでしょ、たぶん」
土屋がウインカーを出しハンドルを回す。
「天神さまってググったら菅原道真のこと指すんだってな。狩衣で蹴鞠打法とかかまして “スガワラサーン” ってカタコト日本語の実況入るの想像したわ」
「鏡谷くん、いきなり想像力たくましいの、それなに」
土屋がハンドルを回す。
「 “どちらにしようかな” は分かるけど、あれ裏の天神さまなんて言うっけ? ふつうに神さまとかじゃなかったか?」
「あの唄って地方によってかなり違うらしいよ」
土屋が答える。
「なる」
涼一はそう返して暗く車の通りのない県道のさきを見つめた。
「かくれんぼのときもちょっとそんな話あったな」
「どこの国でも長い歴史あればそんなもんみたいだよ。マザーグースなんかもそうでしょ。おなじ唄でも各地でいろんなパターンあって、いま一般的に本とか載ってるのは誰だったかが編纂したやつだっけ」
すぐ前方の信号が、赤だったがすぐに青に変わる。土屋がブレーキを踏もうと足を動かしてすぐにもとにもどした。
「マザーグースってあれか。斧で数十回メッタ刺しとか、首切り役人の斧が来たぞとかいうやつ」
「……鏡谷くん、ずいぶん特殊なのピックアップしてくんな。ふつうハンプティダンプティとかクックロビンとか言わね?」
土屋がハンドルを回す。
「リジー・ボーデンってアイスになかった?」
「それたぶん似たようなべつの商品名」
土屋がハンドルを回す。
「……ていうか鏡谷くん、まえに葬式霊の集団に斧でおそわれてんのに斧好きなの?」
涼一のアパートの駐車場に到着したが、そもそも土屋を強引に泊めたのは死神に目をつけられたと思っていたからだ。
死神がいまどちらにするか選んでいる状況なら、とくに自身が見守る必要はない。
駐車場の区画線に停めた車のなかで、涼一は自身の住むアパートの棟をながめ助手席のシートに背中をあずけた。
LEDの外灯に照らされたアパートの外壁が、暗い敷地内にくっきりと浮かんでいる。
「つか、どうする。きょうも泊まる?」
土屋に問う。
「何か時系列がおかしい気がするんだけどな……んでも狙われてんのがおまえって決定してるわけじゃないなら、おたがい気をつけましょう、解散でもいいんだよな」
「解散でいいんじゃね? 解散」
土屋もハンドルに手をかけて同じように運転席のシートに背をあずける。
「このたびは大変お世話になりました」
土屋がこちらに向けてペコリと頭を下げる。
「いえいえ、たいしたおかまいもしませんで」
涼一も定型文で返してうやうやしく頭を下げてみせた。
「まあアパートに無事に帰るまでが遠足ということで」
「バナナはおやつなんだな。了解」
ついつい気がゆるんで意味不明なことを答える。
涼一はドアをあけて車から降りた。
「んじゃ解散するけど、何か変なことあったら夜中でもいいからスマホによこせ」
車のピラーに手をかけ、土屋にそう声をかける。
「うんまあ、おたがいにね」
土屋がそう返した。
涼一がドアを閉めると、土屋があらためてエンジンをかける。
発車してウインカーを出し、アパート敷地から公道に出ていく土屋の車を涼一は見送った。




