冥土၈みやιϯ" 四
土屋とともに乗った車で社員用駐車場を出て、もよりの県道に出る。
雨が降ってきた。
暗い道とフロントガラスに大粒の水滴が打ちつける。
土屋がハンドルわきをカチッと操作してワイパーを動かした。
「ていうか今回はおまえじゃねえの? おまえが何かあぶないって予感が」
涼一は水の弾かれるフロントガラスを見つめた。
「つって鏡谷くん、虫の知らせもあんまりない人じゃん」
それはそうなんだが。
こんな人間をお使いに選ぶ神仏の気が知れんと思うが。
「ていうかそれしつこく言うの、何か心当たりでもあんの? 鏡谷くん」
土屋がハンドルを握りながらそう返す。
「また後だし案件とか」
「う」
涼一はワイパーでキュッキュッと拭かれるフロントガラスを見た。
「……あんのか」
土屋があきれたような声音で言う。
「なに隠してんの、お兄さんに言いなさい鏡谷くん」
「いや学年おなじだろ」
涼一は顔をしかめた。
「隠してたとかじゃなくて、まるっきり信じてなかっただけなんだけど」
そう切り出す。
「M県の葬式行ってさ、喪主の人に言われたんだよ。何かM県の慣習で葬式から一人で帰ると死神についてこられるから、ともかくだれかにくっついて二人以上で帰れって」
土屋が無言でハンドルを握る。
車のタイヤが雨水をはじく音がしばらく続いた。
レジャー施設と社員用駐車場で二回、ふいの水滴に口をぬぐっていた土屋のしぐさが気になった。
葬式。通夜かなにかで、それを連想するようなものを見た気がする。
「……死神」
土屋が復唱する。
「んで何人で帰ってきたの」
「一人」
涼一は答えた。
土屋がしばらくのあいだまた無言でハンドルを握る。
「え? ていうかさ、鏡谷くん怪異ホイホイって自覚ある?」
「ホイホイしてねえだろ。行員さんがよこしてるだけだろ」
涼一は反論した。
「行員さんがよこしてるのか、鏡谷くんがもともと怪異ホイホイの素質があったからお不動さんが目をつけたのか、たまごが先かニワトリが先かみたいな?」
「何の話ししてんだよ」
涼一はフロントガラスのさきの暗い道路を見ながら顔をしかめた。
「ともかく心配だ。今回は俺んとこ泊まれ」
土屋がふたたび無言で車を走らせる。ウインカーを出すと、右折してべつの県道に入った。
「……やっべえ。意味まちがえたら、やっべえセリフ」
しばらくして軽口をたたく。
「茶化してる場合か。俺がつれて来ちまったんだろうから責任とるわ」
「何で鏡谷くんについてきたのが俺んとこ来たんだろ」
赤信号で止まる。
真っ暗く車の通りもすくない道路に、赤信号がひときわ目にどぎつく映る。
「理屈は知らんけど、行員さんは何か知ってたってことか?」
涼一は顎に手をあてた。
「なるほど」
土屋が相づちを打った。
「おっまえ、何かのんきだよな。おまえが危ないって分かってる?」
「おおむね分かったけど、気をつければいいんじゃないかなくらいの感覚」
「気をつけたくらいでどうにかなるもんなのか? 死神って」
涼一は顔をしかめた。
「自分が危ないとなると、何かいまいち必死になれないもんだな」
信号が青になる。
土屋がアクセルを踏んだ。
「ふつう逆じゃね? 自分だと必死になんね?」
「あとからじわじわ来るのかな」
土屋がつぶやく。
もしかして、これこいつの悪いクセなんじゃないだろうか。
人の災難には手を貸しに来るのに、自分の災難には鈍感っていう。
「ともかく今回は俺のいうこと聞いとけ。俺が守ってやる」
涼一はそう告げた。
虫の知らせすらほとんどないカンの悪いタチなのに、今回の胸騒ぎは半端ない。
こういうことになるのを、行員あらため水着童子は警告しにきたのか。
喪主の言うことを聞いておけばよかったと後悔する。
土屋がしばらく無言でハンドルを握る。
ややしてから、ブッと吹き出して笑いはじめた。
「鏡谷くんのセリフすげえー! なにそれ好きになるー!」
「茶化すな、アホか!」
車は、暗い道をアパートの多い通りに入った。




