冥土၈みやιϯ" 三
人通りの少ない道を車のヘッドライトがカーブし、こちらに向かってくる。
社員用駐車場の手前まで来ると、管理人と少し言葉をかわして車を乗り入れた。
スマホを持ち社用車のわきにしゃがんんだ涼一の近くに停めると、エンジンを止める。
「鏡谷」
車のドアが開き、土屋が顔を出した。
「無事?」
「いまんとこ」
涼一はしゃがんんだまま答えた。社用車のほうを顎でしゃくる。
土屋が社用車をうかがうように見つめた。
「乗って」
自身の車のほうを指さす。
「いや通勤カバンが中」
涼一は、社用車を指さした。
土屋が車から降り、つかつかと社用車に近づく。
「バカやめろって。危ねえかもしんねえし」
「鏡谷くん、行員さんに “お気をつけて” って言われてたじゃん。そっちが危ないんでしょ、たぶん」
そういやそんなこと言ってたか。
行員さんじゃなくて水着童子だが。
「今回は泊まんねえからな」
「……だれもいないけど」
土屋が社用車のサイドウィンドウから中をのぞき見て告げる。
「消えた?」
「知らないけど、だれもいない」
涼一は立ち上がった。社用車に歩みよる。
同じようにサイドウィンドウからのぞき見るが、助手席にもうガイコツはいない。
「帰ったんかな」
「どこに」
土屋が問う。
M県からついてきたとは涼一は信じていなかった。「知らん」と返す。
「ん、雨?」
土屋が口のあたりを指でぬぐいながら暗くなった空を見上げる。
涼一は手のひらを上に向けて雨のしずくが落ちてくるかを確認した。
一滴も落ちてこない。
「……降ってないみたいだけど」
「何か、ぽちょんって」
土屋が口をぬぐう。
レジャー施設でもおなじようなことがあったなと涼一は思い出した。
ちょうど口のあたりをぬぐってなかったか。
「どっから落ちてきた水滴? やっべえな。変な薬品じゃねえだろうな」
涼一は周囲を見回した。
「とりあえず硫酸とかじゃないみたいだけど――水道水でもないみたいだけど」
「分かるもん?」
「カルキ臭がないから分かるでしょ」
土屋が答える。
「鼻けっこういいの?」
そう尋ねながら涼一は土屋のほうを見た。
土屋の横に、さきほどの骸ガイコツがいた。
駐車場のLEDの照明に照らされて、一本一本の骨の輪郭がくっきりと目に映る。
背骨を丸めて、指先で口をぬぐう土屋の顔をじっとのぞきこんでいた。
「……ぅ、ラ゙、の……テ、ん、じ、ん……あ、ヵ、マ゙、め」
そうしわがれた声でボソボソと土屋の横でつぶやいている。
「土屋!」
涼一は手をのばして土屋の二の腕をつかんだ。
自身のほうに引っぱりガイコツから引きはなす。
「え、なに」
土屋がよろめいて怪訝な顔をこちらに向けた。
「おまえの横にいた。」
土屋がいままでいた位置を見やる。
「どこ」
「……見えてねえの?」
涼一はガイコツのいたあたりを指さした。
いない。
「どこ行った……」
周囲を見回す。顔を上げて、街なかの建物の屋上までも見回した。
「いままでのパターンからいって、鏡谷くんのほうが狙われそうだけど」
土屋がのんきにスラックスのポケットに手を入れる。
涼一とおなじように周囲を見回した。
「行員さんも “お気をつけて” ってわざわざ言いに来たじゃん」
「ちょっと待て。あれ、俺だけに言ったのか? おまえに言ったって可能性なくね?」
涼一は目をすがめた。
考えてみれば、二人でそろっているときに言われたのだ。どちらとは限定していない。
「主語ちゃんとつけろよなあ……。神仏だろ。お手本になる日本語使えって」
涼一は額をおさえて眉根をよせた。
「守護仏さんに主語つけろってか?」
土屋がハハッと笑って軽口をたたく。
「笑えねえ」
「お、悪かったな」
土屋がそう返して社用車のドアを開ける。
通勤カバンを引きずり出すと、こちらに差しだした。
「わるい」
「あとは置いてるもんないの?」
尋ねながら車内を見回す。
「あとない」
「んじゃロックして。どうせキー返すのあしただろ? いまの時間帯だと」
「んだな」
涼一は手にしていたスマホを通勤カバンにしまった。
「送ってやるから乗って」
そう言い、スタスタと自身の車のほうに向かう。
非常事態でもテキバキしてるよなこいつと思う。さすが自分より兄弟優先で育ってきたオニイチャン。
「送られてやるけど、もうお泊りはしねえから」
涼一は助手席のドアを開けた。
「んなの今後の動きしだいでしょ。ヤなら行員さんに保護してもらって」
土屋がそう返しながら運転席に座りエンジンをかける。
涼一はなぜか行員の霊池の巨乳に抱きよせられてヨシヨシされているさまを想像してしまった。




