冥土၈み兯ιϯ" 二
「──え、何した」
土屋が通話口の向こうで不審げに尋ねる。
動揺していたが、スマホを置いてこなくてよかったと思いつつ涼一はあらためて耳にあてた。
「……助手席にガイコツいた」
心臓が遅れてバクバクしてきた。
涼一は、すこし屈んでサイドウィンドウから車内を見た。
ガイコツは、あいかわらずうつむいてすわっている。
風もないのにゆらゆらゆれている数本の髪が不気味だ。
行儀よく膝に手を置いているが、礼儀正しければ何でも好意的に見えるわけじゃないんだなとか心臓のあたりをおさえながら認識してみる。
「──このまえのガイコツ? シーワールドに出た」
「いや、サイズ違う。助手席座ってるし」
涼一は答えた。
「──……サイズくらい変えられるかも知れんでしょ」
「んじゃ見に来てみろよ。このまえより何か行儀いいし」
「──分かった。見に行ってみる」
土屋がそう答える。
「──ごめん、さやりんちゃん。鏡谷むかえに行くから」
土屋がそう爽花に伝える声が聞こえる。
コンビニの出入口のドアによくあるチャイムが聞こえ、女性店員の「ありがとうございましたー」という声がした。
バタバタと店内から出た感じだ。
「──え? ぅわ、ひぇ。おしあわせに!」
爽花の上ずった声が聞こえる。
こんなときの返しまでマトモにできんのか、あいつと涼一は眉をよせた。ここでかける言葉は、ふつう「気をつけて」とかじゃないのか。
「──道路そんなに混んでる時間帯じゃないし、ここからなら二十分くらいでしょ」
「マジ来んのか」
通話が切れる。
涼一は振り返ってもういちどサイドウィンドウから車内を見た。
ガイコツの顔が、ほんのすこしこちらを見た気がする。
気のせいか。
スマホの右上に表示されたデジタル時計を見た。
二十分か。
二十分間、どう過ごせってのか。
考えてみれば通勤カバンを車内に置きっぱなしだ。
少なくとももういっぺんドア開けなきゃ、あしたの仕事に支障出るってか。
車内を横目でうかがいつつ、涼一はスマホの検索バーをタップした。
とりあえず正体が分からなきゃ対応しようもない。
「骸骨」であちこち検索をはじめた。
骸骨、レジャー施設。骸骨、葬式。骸骨、二人一組。
グーグルおかかえのAIさんが、二人一組のガイコツを勘違いして骸骨デザインのイヤリングをおすすめしてくる。
AIさん、違う。そうじゃない。
検索するワードがつきて、涼一はこんどは「二人一組、葬式」で検索してみた。
「葬儀における二人一組の慣習は、主に骨上げと訃報を伝える際にみられます。「二人使い」「告げ人」など、地域によって呼び名が異なります。全国的に見られた風習であり、地域によっては現在も残っているものがあります」
やっとAIさんがそれなりのことを答えてくれる。
全国的にあったのかよ、知らんかったわと思いながら涼一はスマホをスクロールした。
祖父の不動尊で行われた葬式を子供のころなんどか見たが、訃報の知らせの様子や骨上げまではたぶん見ていない。
「二人一組なのは、知らせのダブルチェックの意味合いもあります」
そうAIがつづける。
なるほど。そう言われれば納得だ。
もういちど上体をかがめて車内を見る。
ガイコツの顔が、さきほどよりもまたこちらを向いている気がする。
気のせいだよな。
そう思おうとする。
検索をつづけながら、ときどきチラッチラッとホーム画面上のデジタル時計を見るが、時間の進みがものすごく遅く感じる。
あと十八分。
というか、土屋を待ってどうするのか。土屋がただ見にきて解決できるかどうかは、確率低そうな気がする。
「あー、んじゃ何で待ってんだよおおお」
涼一は片手で頭をかかえて座りこんだ。
チラッと車内のガイコツを見る。
微妙にこちらに顔をむけたまま首を下げた気がする。
目で追ってきてるわけじゃないよな。
あと十七分。
時計、止まってないよな。
不安になり、グーグル検索で現在時刻を出してみる。
マジかよ、時間合ってる。何かげっそりとした気分で顔をふせた。
ともかくあれ何だ。
このまえ土屋が巨大なガイコツの妖怪の絵を表示していたが、あれなのか。
「死神……」
ふいにM県で喪主の女性に言われたことを思い出した。
まったく気にせずに一人で帰ってきたが。
「いやでも、死神がガイコツって西洋じゃね?」
気を落ちつかせるために口に出してそう言ってみる。
「死神、日本」と検索してみた。
概念はいろいろあるようだが、そのなかにガイコツのように描写されている絵もある。
「まじか」
涼一はスマホ画面を見つめた。




