無限ニ散ਡ櫻၈迷宮 二
桜の樹の枝がうねうねとヘビのようにうねり、頭上の空も見えなくなる。
大量に舞い散る桜の花びらが、絡んだ枝のあいだから漏れる木もれ陽で照らされる真昼の花明かり。
美しいが、そこはかとなく覚える違和感が怖い。
前後左右どころか上にも抜け道のない空間を意識して、涼一は鳥肌を立てた。
墓標の桜の樹が、水神のヘビの動揺した精神状態とリンクしているのだろうか。
そんなふうに自分に説明づけてみる。
さきほど桜の花びらの下から探りだした倶利伽羅剣が目に入った。
手をのばして拾う。
行員からあずかったときには、ずっしりと重いただの銅細工に見えたが、いまは軽く手になじんだように感じる。
「とりあえず、あの伸び放題の桜を伐採してやりゃいいのか?」
涼一は姿の見えない行員に向かって問うた。
「おーい」
相手は神仏だ。何だかんだどこからか見ているのだろう。
「おーい行員! つか霊池! ――さん。伐採だけすりゃいいんだよな! 水神との対決だの調伏だのはムリだからな! 伐採以外は自分でやるよな!」
あいかわらず桜の花びらが大量に降る。
行員からの返事はない。
士気を上げるためにかわいい制服であらわれてくれるのを少しだけ期待したが、どこにも見あたらない。
「あーくそ。はじめるぞ」
涼一はネクタイをゆるめた。倶利伽羅剣をブン、と振る。
桜の花びらの洪水をかき分けるようにして、白装束の一桜村の村人たちがあらわれた。
「きんこうしゅ じゅくゆうぶん しせいせいしゅっせいく ふぁんじゃりしゅ だあいしほていとうちょう いっせいかいしょう きゅうはんだつしょう はっしょうげっしょう せっこうせきしゅう」
先頭は、僧侶と喪主と思われる男。
あとに続く数珠を持った女や子供たちや壮年の男たち。
列のなかほどを歩く二人の男が、樽型の棺桶をかついでいる。
ジャァァンと妙鉢を鳴らす者。
でんでんでんと軽い音の太鼓を叩く者。かん高い鈴を鳴らす者。
「ちぎょくとうしゅ せっさくちょうさい しょうべっぷなん」
何人かの者が、顔を上げた。
「あれ、あたらしい葬式じゃ」
「こっから抜けれるじゃんけ」
「あにい、名前なんじゃ」
それぞれに疲れきった薄笑いを浮かべて涼一を見る。
「やっかましい、匿名希望だ。――葬式は終了。巨乳のかわいい不動明王さんが、まとめて助けてくれるってよ」
涼一は、倶利伽羅剣をブンと振った。
とたんに剣に絡んでいた銅製の龍王が、炎をまとった黒龍の姿になり激しくうねりだした。
黒光りする身体を剣に絡めたままグワッと大きな口を開ける。
黒龍の全身から飛び出した炎があたりに飛び散り、するどい刃物のように桜の枝を伐採する。
一撃で複数ヵ所から空が見えだした。
「こっわ……」
目を丸くしたが、これをなんどか繰り返せばいいのか。
もういちど振ろうとするまえに、倶利伽羅剣にからんだ黒龍が、勝手にうねって炎の刃を撒き散らした。
「ひっ」
村人たちが身をちぢめる。
伐採された木の枝が、雨のように落ちてきた。
「ひっ、殺さねえでくれ」
「殺さねえで!」
白装束の人々が座りこんだ。
「……いやあんたら、とっくに死んでるから」
涼一はそう返した。気づいてないんだろうか。
剣に絡んだ黒龍が、うねって上空のほうへと伸びていく。
空中でとぐろを巻き、こんどは激しい炎を吐きだした。
無限にあるように見えていた桜の墓標が、少しずつ消えていく。
「おっ」
背後にとつぜん土屋があらわれる。
「お、通行解除になったか」
涼一は横を向いて声をかけた。
土屋が上空を見る。
絡み合っていた枝はだいぶ伐採され、かすんだ春の空が広い範囲からのぞいていた。
「目を離したすきに派っ手にやったなあ……」
土屋が身体を反らすようにして声を上げる。立っている場所は、大量の桜の花びらと伐採された桜の枝とでもはや足の踏み場もない。
「俺じゃねえ。お不動さんのペットの龍さんだ」
涼一は倶利伽羅剣に絡んだ黒龍を指さした。
「もしかして倶利伽羅龍王じゃないの? れっきとした龍王さまだよ、りょんりょんくん」
土屋があきれたように解説する。
ふたたび黒龍がうねる。
ぐるりと首をまわしながら炎を口から吐きだした。
「あ、俺のカバンもこっちに来てるから、もし何かあったら回収しといて」
涼一は倶利伽羅剣をささえながら土屋に告げた。
「しゃあないな」
土屋が足元をきょろきょろと見回してカバンをさがす。
「つぎの営業、間に合いそう?」
カバンを掘り起こしながら土屋が問う。
「間に合わす!」
剣を両手で支えながら、涼一はそう宣言した。




