病院まㄟ 六
「笑ったホログラムを見た人……」
涼一は復唱した。
「え? それ全員? たまたまお札のぞきこんだ人とかいたらどうなるの?」
考えてみれば、自身の見た頭のない肖像も爽花が見たという二人になっている肖像も、おなじことを推測してみるべきだった。
見た人間すべてが影響を受けるのか。
爽花のようにおかしなホログラムの札を使ったら、そのお札の流れる先々でおなじ影響を受ける人がどんどん出るのか。
「分かんないけど笑ってるホログラムは全員というか、いまのところは致死率百パーセント? なんかそうポストしてる人いる」
爽花が言う。
致死率って。言葉の使いかた合ってんのかなとも思うが、そこは後まわしでいい。
夕方電話をしたときの短い悲鳴が聞こえた様子と、いまの通話口のむこうの様子をつなぎ合わせて考えてみる。
たとえば一人の社員が見つけた印刷ミスのようなめずらしいホログラムを、その場にいた何人もがいっしょになってキャッキャして見た。
いつもの女性社員たちの様子からして、そんな経緯はありそうだ。
頭がなくなるホログラム、二人に増えるホログラムときて、こんどのパターンは一気に笑い死にか。
「気味わる。ここまでも気味悪かったけど、さぐると余計に気味悪さが増すな」
涼一は額に手をあてた。
あいかわらず頭部の感触はない。
「りょんりょんのほうはどうしたの? お友だち保険証かマイナカード持ってきてくれるの?」
爽花がしゃがんだ姿勢でこちらを向く。
「たぶん、しばらくダメ。その笑ったホログラム見た社員が何人か緊急事態らしくて、救急車呼んだりして説明できる状態じゃない」
涼一はため息をついた。
「え、もしかしてタイムリーな情報だった?」
「まっじでタイムリー」
涼一はそう答えて髪をかき上げようとした。
頭部はあいかわらず手に触れてこないが。
爽花がじっとこちらを見上げる。
「なに」
涼一は顔をしかめた。
「さっきから手が頭を避けるんだなって」
「救急隊員にも言われた。こっちはそんなつもりないんだけど」
涼一は答えた。
「まあしかし、やつらがいまのところスマホは乗っとれないのは分かったな。銀行口座も手を出されないんなら、こっちは当面は寝泊まりと食料だけは何とかなるから対策練る時間はかせげるか」
「その銀行口座から出てきたお金が笑った顔ならアウトじゃん」
爽花がそう返す。
涼一はしゃがんだ格好でガックリとうなだれた。
「……まじか。日本の経済活動やばくね?」
「目をつむってホログラムだけ見ないとか。ホログラムにササッと紙とかマスキングテープとか貼りつけちゃうとか?」
「貼りつけんなら、素直に御札でよくね?」
「それだ」というふうに爽花がこちらを指さす。
「あしたになったら神社? お寺? どっち? ともかくいっしょに行かない? りょんりょん」
「御札は神社」
どうしようかと涼一は思案した。
いちおう交通機関を使えるくらいの金は財布にある。
地元に帰ってもいいのだが、御札という話まで出てくると、もしかしてここのもよりの神社のやつがいちばんいいのだろうか。
「そもそも何で俺、K県からここに来たんだ? 血洗島ってのなんか意味あんのか?」
涼一はつぶやいた。
「それあるよねー。わたしもS市で河に落ちてここいたし」
爽花が答える。
涼一は顔を上げた。
「は? このへんじゃないの?」
「S市。だから造幣局の支局の話してたんじゃん。造幣局、けっこう近くなんだ」
この子、はじめから話す順番がゴチャゴチャな気がする。
このくらいの子はけっこうそういうところあるが、客観的にみて重要なところから話せっての。
涼一は眉をよせた。
「学校帰りに急に体が二人になったから、もう一人にひっぱられて川に落ちちゃった。そしたら救急車でここの病院に運ばれて、CT撮って体中にお札のホログラム詰まってますーとか言われて」
医師がまえにもそういうCT画像が撮れたやつがいたと言っていた。この子か。
「んで。りょんりょんは今日はあとどうすんの? ねねね、よかったらうち泊まる?」




