株式会社わた၈はら 社員用駐車場 一
「んじゃ、キー返して来るけど」
涼一はそう告げてスラックスのポケットに車のキーを入れた。
「うん。気をつけて」
土屋が二、三度手をふる。
キー返す程度で社屋までついて来る気はないか。そこまで過保護な保護者サンではなくてホッとする。
スマホの着信音が鳴った。
自分のだろうかと思ってスマホを入れた通勤カバンを見たが、さきに土屋が乗用車のドアを開けてスマホを取りだしていた。
そっちか。
涼一は通勤カバンのフタを閉め直した。
「はい──あ、おつかれさまです」
先輩か上司だろうか。
「とりあえずキー返して来るわ」とジェスチャーで示してきびすを返すと、土屋がこちらに向けてヒラヒラ手を振った。
キーを持ったままスラックスのポケットに手を入れ、歩を進める。
「あ、待って。鏡谷くん」
一転して土屋が呼び止めた。
「あしたまた出張だわ。打ち合わせあるから俺も社屋のほう行く」
涼一は軽く目を見開いた。
なんとなく社屋のほうをながめる。
「Y県?」
「そこまではまだ。聞かなかったけど」
土屋がスマホを入れた通勤カバンを手に持ち、ドアのロックをした。
「Y県なら、お不動さんのしわざで鏡谷くんとまた出張がかぶるって可能性あるけど……」
「んじゃ、俺も出張くるか?」
涼一はもういちど社屋の窓ガラスを見上げた。
土屋が複雑な表情でスラックスのポケットに手を入れる。
「どうだろう。引き離しって可能性も考えられんだよな……」
土屋がつぶやく。
「いまんとこ白蛇さんが鏡谷くんをどうしたいのかは知らんけど、一桜村の人たちは鏡谷くんで葬式したいわけだし。いちいち塩持って止めに入る俺と引き離す手に出たとしたら」
何となく鳥肌が立った。
涼一は、土屋の顔を見た。
「こりゃ、ほんとうにさやりんちゃんにバイト役を頼むしか……」
「個人的にあれ社用車に乗せて歩くくらいなら葬式村の連中と話してたほうがマシなんだけどな」
少なくともしゃべり方はうるさくない。
涼一は顔をしかめた。
「まあ、話聞いてみなきゃ分からんか。社屋行こ、鏡谷くん」
土屋が歩を進めた。
営業課のデスクが並ぶオフィスに入ると、一角にあるパーテーションの向こうから上司が土屋を手まねきした。
「行ってくる」
土屋が自身のデスクに通勤カバンを置いてそちらに向かう。
「……おう」
そう返事をしたものの、ここにきて自身がとくに呼ばれないということは、やはり一桜村の幽霊か白蛇の引き離し作戦だろうか。
ゾッとして鳥肌が立つ。
土屋をものすごく頼っているような気がして複雑な気分だが、今のところ身近にいて事情を知っている人間というとあれしかいない。
自身が怪異になるとともかく気絶率が高いとなると、どうしても助けは要る。
社用車のキーをキーラックに返しながら、涼一はパーテーションの向こうをうかがった。
話の内容はあまり聞こえてこないが、けっこう長い。
しばらくしてから、上司がパーテーションから出てきてどこかに電話をかけはじめた。
土屋が席を立ち、うしろで上司の話の様子をうかがっている。
「いやでも……土屋くん移動が大変じゃない?」
そんな声が聞こえてくる。
「大丈夫ですよ。――で、――だし」
キーを返しに来ただけなので、ほかに用事がなく涼一は手持ちぶさたで何となく自身のデスクに座った。
机の上のPCをムダに立ち上げてるわけにもいかんしなと眉をよせる。
「鏡谷くん、なにやってんの?」
同じ営業課の女子社員が話しかけてくる。
「退社時間もう過ぎたよ? 残業とかあんの?」
女子社員が壁の一角のアナログ時計を見上げる。
「いや……」
女子社員が、パーテーションの向こうをうかがった。
「土屋くん? 待ってんの?」
「いや待ってるっつうか……」
考えてみりゃ、このまま一人で帰って途中で一桜村の連中に来られてもまずいのだ。
待ってるしかないか。
「待ってんだ……」
女子社員がそうつぶやく。
「ふぅん」
そう言い、やたらニヤニヤとした顔をこちらに向ける。
涼一は面食らった。
なんだその表情。
「ふーん、へー。やっ、気にしないで」
ニヤニヤしながら後ずさる。
気になるわ。
涼一は怪訝な顔になり女子社員を見つめた。
「じゃっ」
女子社員が手をふってオフィスから出ていく。
土屋はまだ話しこんでいた。




