Ö⊐ーポレーシᴲン 駐車場
きょうの予定の企業を訪ね終える。
駐車場に停めた社用車の運転席に乗ると、涼一は大きなため息をついた。
二軒目の会社で、いきなり桜吹雪の話を持ち出されたときは心臓がバクバクいったが、単なる遠山の金さんの話でよかった。
あそこの社長が金さんマニアとは知らんかった。覚えておこう。
三軒目の会社で新製品の開運白蛇お守りを持って来られたときは、てめえ水神の回し者かと言いそうになったが、言わんでよかった。
ともかく疲れた。
カバンからスマホをとりだして時刻を見る。
午後五時半。
会社にはきょうは直帰と伝えて来たが、また土屋のところに世話になることになるだろうか。
自分のアパートに下着くらい取りに行きたいんだが。それとも洗濯機貸してくれるんだろうか。
スマホの着信音が鳴る。
「はい」
涼一は着信に応じた。
「──無事?」
土屋だ。
「いまんとこは」
運転席のシートに背中をあずけて涼一は大きく息をついた。
こいつこそ営業回りしながらこっちの心配もしてるとか身が持つんかなと思う。
「──さっき鏡谷くんが駐車場を出てくの見送ったとき思ったんだけどさ」
「おう」
「運転中に葬式幽霊に来られたらヤバくないかなって」
涼一の頬が引きつった。
「……車内に?」
「──アパートの室内に来てたんだから車内にも来るでしょ」
解決してから言ってほしかった気がする。怖いことに気づかせんなと思ってしまった。
なにげなく倶利伽羅剣を乗せた後部座席のほうをふり向く。
「お不動の剣ってそのへん役に立たんの? 虫よけ的な」
「──どうなんだろ。それあっても出てた人いるからな」
土屋が言う。
新紙幣のときの千鳥のことかと涼一は思った。
「……桜の伐採してほしいとか言ってよな」
涼一は眉をひそめた。
「──言ってた」
どちらかといえば持ち主が怪異に引き込む気満々なんじゃねえかと思う。
「あとどうする? ──そっちもう終わり?」
土屋が問う。
通話口から大型トラックの走る音が聞こえる。国道の近くに停めてるんだろうか。
「直帰しようとしてたとこなんだけど」
「社用車だよね。社員駐車場かアパートに運ぶまではしゃあない、気をつけてって言うしかないけど。──社員駐車場で合流ってのは? そっから乗せてくわ」
何から何まで保護者かおまえという感で文句を言いたいが、言うわけにもいかない。
「……了解」
涼一はすなおにそう返答した。
株式会社わたのはらの社員駐車場。
社用車を区画線に沿って停め、涼一はハァと息を吐いた。
とりあえずここまでは安全に来れた。
シートベルトを外し、運転席のシートに背中をあずける。
上体をひねって後部座席をふり向くが、だれもいない。
もういちど息を吐いた。
車のキー返して来るかと車から降りる。考えてみりゃ直帰じゃないじゃんと思ったがまあいいか。
運転席のドアをバンッと閉めたとき、紺色の乗用車が駐車場に入って来るのが目に入った。
土屋の車かなとながめる。
乗用車はゆっくりこちらに近づくと、すぐ近くの区画線に乗り入れて停車した。
土屋が降りてくる。
「おつかれ。お団子がかけてよこしたけど」
「ああ、うん」
土屋がそう返事をする。
「できればこっち来れたりしないかと思って。まあダメ元だけど」
「何で」
涼一はスラックスのポケットに手を入れた。
「俺じゃずっと鏡谷くんにくっついてるわけにいかないじゃん」
「んでお団子呼んでどうすんだ。社用車にずっと乗っけてろってか?」
「営業先には、バイトの子乗せてまーすって顔して車内で待機させときゃ通るでしょ」
マジかと思う。
土屋が社屋のほうを指さす。
はよ社用車のキー返してくればってことか。
「そこまですることか。大げさじゃね?」
「いつどこで気絶してるか分からんって、じゅうぶん警戒しなきゃならん事態でしょ。俺はできれば有給とって実家とかに帰省しておとなしくしてたほうがいいと思うけど」
「有給……」
涼一は眉をひそめた。
「残ってないとか」
「めいっぱい残ってるはずだけど」
基本的に取る目的があんまりないので、日数の把握はしてなかった。
「非常事態にそなえて残り日数とか確認したほうがいいな――俺もだけど」
土屋が腕を組んで社屋を見る。
やっぱこいつ理不尽な事態の受け入れ姿勢が強すぎと涼一は思った。




