コーᖶーシᴲップ 六
行員が微笑して土屋の顔を見る。
「……おい」
涼一は行員をにらみつけた。
「ちょっとかわいいからって。いや、かなりかわいいけど。めっちゃかわいいからってニコニコで全部ごまかせると思……!」
「鏡谷くん、タッチしたんだからちょっと黙ってようか」
土屋が苦笑いする。
「うちの鏡谷くんもさ。ご覧になってたかもしれないけど、わざと死体にされそうになったり、棺桶に入れられて葬式されたり。これで会社の仕事もとか、いくらAV好きの元気な男子でも身が持たないと思うんですよね」
「AVとか言うな」
涼一は顔をしかめた。
行員と目が合う。
「……そういうの見てねえから、あんまり。いやぜんぜん。一回も」
「一桜村に以前、河がありまして」
行員が首をかたむけてニッコリと笑う。
「河? 一桜村?」
土屋がテーブルに置いたスマホをとりだし、検索する。
涼一は横から画面をのぞいた。
しばらくして土屋が顔を上げる。
「一桜村って、あの葬式してた人らの村? 明治に入って村はなくなってるってネットにあるけど、すぐ近くにあるのが例のヘビ女が奇声上げてたっていうY坂……」
涼一は行員の顔を見た。
「あの葬式幽霊の集団とY坂ってのが関係あんのか? 河ってどこの河」
涼一はふたたび検索をはじめた土屋の手元を見た。
「――これか? 日ノ出河をせき止めて灌漑沼にして……河って、この日ノ出河?」
土屋が検索で出てきたAIの解説を読み上げる。
ややしてから眉をひそめた。
「……作物は順調に増産されたものの、村人はしだいに奇妙な行動に走るようになり、奇行は一桜村の全体に波及。その後村は全滅、廃村」
涼一も眉をよせた。
「現代では、何らかの伝染病、麦角菌などの子嚢菌による幻覚症状、または河川の生態系を変えたことによる日本住血吸虫等の寄生虫、食生活の変化による重度の脚気、レビー小体型認知症――さまざまな説がとなえられているが、はっきりとした原因は分かっていない……」
涼一は、行員の顔を見た。
「んで?」
行員がにっこりとかわいらしく笑う。
「かわいくニコニコしてりゃ男がほいほいパシッてくれると思うなよ、コラァァァ!」
「やめなさい鏡谷くん。お店に迷惑でしょ」
土屋が咎める。
ホールにいた店員が、怪訝な表情でこちらを向いた。
「つか、つぎの営業行くとこ大丈夫?」
「そろそろ。ギリギリここ居れんのあと十分」
涼一は店内のアナログ時計を見上げた。
「まあ、俺もあと十二、三分ってとこかな」
土屋がスマホのデジタル表示を見る。
「知っての通り、俺ら仕事しながらだから。――俺にいたっては、感謝もされないのに鏡谷くんの護衛みたいになってるし」
土屋がこちらを指す。
「いや頼んでねえ」
涼一は顔をしかめた。
「んじゃどうすんの、いちいち気絶して。だれが塩まくの」
「……感謝した」
「うん」
土屋がそう返事をする。
「河にはヘビ殿が棲んでいまして」
行員が笑顔でそう告げる。
涼一は土屋とともに目を丸くした。
「ヘビ殿? ヘビ?」
土屋がそう返す。
「んじゃ、あの白蛇の擬人化みたいな女ってそれ?」
涼一は問うた。
「河を堰止めて沼にしちゃったから生態系変わって死んだヘビの霊……」
「え……待て。一匹だけ化けて出てるのか? それともほかにもその女みたいなのが実はあちこちいるのか?」
涼一は額に手を当てた。
「たしかに一匹だけって不自然というか、棲んでたのが一匹だけなはずはないっていうか。それとも霊的な集合体とかそういう」
土屋が宙を見上げる。
「土屋くんって、スピリチュアル方面けっこういけね?」
「……このまえ読んだマンガであったんだよ」
土屋がそう返す。
「待て。単にヘビじゃなくて “ヘビ殿” って……」
宙を見上げたまま土屋が早口で続ける。
「もしかして――水神とか?」
土屋が行員を見る。
「その河にいた主的なやつ?」
涼一は目を見開いた。
まさかと思いながら、土屋と同じように行員の顔を見る。
「正解でございます」
行員が可憐な笑顔を浮かべる。
「ございますじゃねえよ、あんた!」
涼一は声を張った。
周囲の客や店員がこちらを見る。口をおさえて「すみません」とぺこぺこ頭を下げた。
「れっきとした神様じゃねえの? ――か弱い人間に相手させんな。レベルいくつ違うんだ、数値で示してみろコラ」
涼一はテーブルに身を乗りだし行員に詰めよった。
「お使いください」
行員が両手で長細いものを持ち目の前に差し出す。
いきなり彼女の手元に現れたので、涼一は戸惑った。
目の焦点がすぐに合わずに、年季の入った重たそうな金属のなにかをじっと見つめる。
「倶利伽羅剣ですか……」
横から土屋がつぶやいた。
「桜の樹の伐採などしていただけると助かります」
「俺ら林業の人か」
涼一は眉をよせた。




